利用者インタビュー

新品以上の性能を備えた工具

―最初にビーティーティー株式会社の業務内容について教えてください。

弊社は、切削工具の再研削を行う会社として1989(平成元)年に創業しました。再研削とは、切れ味の悪くなった包丁を研ぐのと同じように、切削工具を研ぎ直しすることです。ただ研ぎ直しするだけでなく、お客様が切削する材料によって、工具に改良を加えることで、新品の工具以上の性能を備えた切れ味のよい再生工具を提供しています。また、再研削で得た情報を分析した上で、チタンやニッケルベースの合金などの難作材料を削る工具を設計し、弊社が独自に開発した切削工具も販売しています。このように、お客様の弊社への期待に応えるため、日々、技術を進歩させることにまい進しています。

―50人未満の規模で、独自ブランドの商品を販売していくのは大変なのではないでしょうか。

そうですね。日本にある大手の工具メーカーは10社ほどです。何千人もいるような大手メーカーには、弊社は当然ながら太刀打ちできません。工具の生命線は形状です。真似されてしまえば商品価値は無いに等しいと言えます。そこで、弊社で研究開発した切削工具を大手メーカーに持っていき、そのメーカーのブランドで販売するOEM供給をお願いしています。OEM供給が弊社の売り上げの半分を占めています。

単結晶ダイヤモンドに次ぐ新たな材料を開発

―現在、切削工具に使う新たな材料について研究されているそうですね。

10年ほど前に半導体を研究していた名古屋工業大学の江龍修教授と知り合い、化合物半導体材料である「シリコンカーバイト」を紹介されました。切削工具で一般的な材料は、超硬合金であるタングステンカーバイトです。シリコンカーバイトがタングステンカーバイトよりも硬く、単結晶であり、熱伝導率が高いことから、切削工具の材料に必要な適性を有していると考え、工具材料として研究を続けています。ただ、このシリコンカーバイトはもろいという欠点があったため、結晶の物性を変化させるために少量の不純物を添加する「ドーピング」によって、靱性(粘り)を上げることに成功しました。

―まさに切削工具の次世代の材料ですね。

切削工具で使われる材料の中で最も硬いものは、単結晶ダイヤモンドです。硬ければ精度の高い加工ができる反面、衝撃に弱くてもろいという欠点があります。その点、シリコンカーバイトは、単結晶としてはダイヤモンドの次に硬く、靱性が高い上に、より刃先が鋭利化できるという特徴があります。今年中には実用化し、単結晶ダイヤモンドの代替品として期待しています。

―シリコンカーバイトは、どういった加工に使えるのでしょうか。

例えばレンズがあります。透明アクリルは、単結晶ダイヤモンドの切削工具でなければ白濁してしまい、透明性が保てませんでした。シリコンカーバイトは、この分野での利用を検討しており、テストでも成果が出ています。また、先ほど申し上げた通り、シリコンカーバイトは、刃先を鋭利化できます。そこで、医療用メスに使えるのではないかと思っています。通常、メスの刃先の細さは100ナノメートルで、単結晶ダイヤモンドは50ナノメートルが限界です。シリコンカーバイトは5ナノメートルと圧倒的に細く、細胞を押しつぶすことなく切ることができますので、目の手術などで使える医療用メスの研究開発を進めています。シリコンカーバイトは、これまでの概念を覆す世界初の工具材料になると考えています。

従来の工具の切れ味を鋭く

―今回、ナノテクノロジープラットフォームを活用した名古屋工業大学との共同研究で、シリコンカーバイトの技術から派生した応用技術を確立されたそうですね。

そうなんです。通常の研磨では、どうしても工具材料の表面に凸凹が残ります。そういった凸凹をなくすため、表面に化学反応を起こしながら機械的に研磨する「CMP(chemical-mechanical polishing)」という研磨手法があります。シリコンカーバイトをつくる上で、この技術は欠かせませんが、タングステンカーバイトでもCMPの技術が応用できることが分かりました。この技術を使えば、これまで以上に切れ味のいい、切削抵抗の少ないタングステンカーバイトの刃物ができます。タングステンカーバイトはダイヤモンド砥石で加工しますが、表層はWCからW2Cに変質し、硬度が低下します。その層を除去しWCをCMP加工することで、切れ刃エッジの鋭利化が実現しました。

―なるほど。タングステンカーバイトの工具が鋭くすることは大きなメリットがありそうです。

タングステンカーバイトは、切削の数多くの現場で使われていますが、刃先が丸ければ切削抵抗が増大し被削材の加工面に大きなひずみが生じます。特に、ひずみはやっかいな存在で、加工材料そのものが持つ性能が低下し、金属疲労などが早期に発生する原因となります。ですから、このひずみの発生を抑制できれば、より安全性の高い部品ができるわけです。今回の技術を広めることは、社会にとって大きな意味があります。

―先ほどのシリコンカーバイトに話を戻しますが、今後、この材料を使った切削工具の展開について教えてください。

シリコンカーバイトによって、ひずみが少なく、より精度と安全性の高い航空部品などが誕生することは間違いありません。また、ひずみの少ない切削によって、新たな材料を生み出すことができます。例えば、純銅をシリコンカーバイトの刃物で削ると、その切りくずの表面は非常に滑らかになり、いつまで経ってもさびないのです。電気抵抗も低く、電気効率のよい電線をつくることができます。このように、削った後の切りくずも新しい材料になるだろうと研究を進めています。切削工具の世界は私のすべてです。ものをつくる過程で「切る」作業はなくてはならないものであり、ものづくりの基本となります。これからもものづくりの現場を支えるために努力を続けます。

この研究に関するお問い合わせ:名古屋工業大学

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