分子科学研究所

2014年度 成果事例

超高磁場下超高速試料回転固体1HNMRによる家蚕絹の繊維化後構造、Silk II の構造解析
A東京農工大学 B分子科学研究所
朝倉哲郎A,B、奥下慶子A 、西村勝之B

【目  的】
蚕やクモ(クモの糸もシルクである)は,体内(絹糸腺)に蓄えられたシルクの水溶液から、常温・常圧の下、短時間のうちに極めて強く、かつ、タフな繊維を生産する。我々は環境を意識した新しい繊維の開発にあたって、蚕による絹の巧みな繊維化の機構を徹底的に解明し、それを見習うことも大切であろう。
そのためには、先ずは絹の繊維化前後の構造がどのようになっているかを、精密かつ正確に知ることが必要である。
家蚕絹の繊維化前の固体構造はSilk Iと呼ばれるが、我々は、既に繰り返しのβターン構造であることを報告してきた。一方、家蚕絹の繊維化後の構造、Silk IIは、Marsh, Paulingらによって逆平行βシート構造が提案され、生化学の教科書に必ずと言ってよいほど掲載されてきた。しかしながら、その後、本構造は、より不均一な構造であることが多くの研究者により指摘されてきた。実際、我々の家蚕絹繊維の固体13CNMRのメチルピーク(Fig.1)は、不均一な構造であることを示していた。
そこで、本研究では、Silk I構造の解明に威力を発揮した超高速固体NMRプローブと分子研の超高磁場NMR装置の組み合わせによる固体1HNMRの手法を用い、さらに高精度化学シフト計算を組み合わせ、家蚕絹繊維のSilk II構造の決定を行った。特に、未解明であった家蚕絹繊維の結晶領域、AとBについて、原子座標レベルでの構造決定を行った。

MS_3_Fig1
Fig.1家蚕絹繊維の固体13CNMRスペクトル(アラニンのメチル域を拡大)

【成  果】
GlyとAlaの交互共重合体が家蚕絹繊維結晶部のモデルとなることを実証し、 Silk II構造を有するモデルペプチド(AG)15について、分子研の920MHz超高磁場NMRを用い、70kHzの超高速MAS下で固体1H DQ-MASNMRスペクトルを測定した(Fig.2)。スペクトルの帰属を完了後、 1H核間の原子間距離情報の取得を行った。特に、βシート構造では、分子間の距離情報の取得が重要であるが、1H核は、化合物骨格の外側に位置するので、その目的を達成することができる。今後、この固体1HDQ-MAS NMRは、NMRの不得意な分子間構造決定の分野での有力な構造解析手法となろう。
その結果、 Marsh, Paulingらの構造モデルは、元来、均一な構造であることから問題があったが、さらに、その均一な構造自身も否定された。すなわち、平行に配置された分子間のGly残基のHa同志が、このモデルでは近いことが予測されるが、実測データでは離れていることをFig.2のスペクトルとさらに部分重水素化された試料のスペクトルから実証した。
さらに、実測の1H化学シフトを決定し、高精度化学シフト計算と組み合わせて、最終的に、家蚕絹繊維の結晶領域、AとBについて、原子座標レベルでの構造決定を行うことができた。
これらの成果は、 Silk I構造の結果と合わせて、アメリカ化学会誌、Macromoleculesの表紙を飾ることとなった。

MS_3_Fig2
Fig.2 Silk II構造を有する (AG)15の固体 1H DQ-MAS NMRスペクトル
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Fig.3 2015年4月28日号のMacromolecules の表紙を飾ったSilk IとSilk IIの構造

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