利用報告書
課題番号 :S-17-JI-0037
利用形態 :技術代行
利用課題名(日本語) :フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析法による金イリジウムクラスターの構造解析
Program Title (English) :Structure characterization of Au-Ir cluster by Fourier transform ion cyclotron resonance mass spectrometry
利用者名(日本語) :宮林恵子1)
Username (English) :K. Miyabayashi1)
所属名(日本語) :1) 静岡大学大学院総合科学技術研究科
Affiliation (English) :1) Shizuoka University
1.概要(Summary )
原子数レベルで組成制御されたクラスターは、バルク金属やナノ粒子とも異なる特異な光学、磁気、電気特性を示すため、合成法をはじめその物性研究が活発になされている。1) Au25原子からなるチオール安定化金クラスターは、中心のAu13コアの周りを6つのステープル (SR-Au-SR-Au-SR:Rはアルキル鎖)で安定化された構造を有する。1) Au25原子からなる金クラスターへの異種金属原子の導入は、クラスター特性を大きく変えることが可能であり、Auと同族の第11族AgやCu、第10族のPdやPtの導入が報告されている。2) PdやPtではAu13コアのAu原子との置換が生じ、クラスターの電子物性が大きく変わることが報告されている。3) 利用者らはよりダイナミックな金クラスターの電子物性変化を目指し、第二金属種としてこれまで報告がない第9族元素であるIrを導入した金クラスターを調製した。IrとAuは原子量が4 u異なるが、ドデカンチオールで安定化されたクラスターの分子量が8,000を超えることから汎用の飛行時間型質量分析装置の分解能ではIrの複合化が確認できない。本研究では、超高分解能質量測定が可能であるFT-ICR MSにより、Ir原子のクラスター内への複合化を確認するとともに、フラグメントピークの詳細な解析によりIr位置を同定した。
2.実験(Experimental)
液相還元法で調製したドデカンチオール安定化Au-Irクラスター(AuIrDT)を、trans-2-[3-(4-tert-Butylphenyl)-2-methyl-2-propenylidene]malono-nitrile (DCTB)をマトリックスとしてMALDI FT-ICR MS測定した。比較のためAuのみからなるクラスター(AuDT)を調製し、同様にMALDI FT-ICR MS測定した。
3.結果と考察(Results and Discussion)
調製したクラスターは、UV-vis測定から金属25原子からなるクラスターと推定された。エネルギー分散型X線蛍光分析でAu:Irの原子数比率を算出した結果、97.5:2.5であった。25原子からなるすべてのクラスターにIr原子が1個含まれる場合、原子数比率はAu:Ir=95:5であることから、得られたクラスターは、Irと複合化したクラスターとAuのみのクラスターの混合物であることが示唆された。
調製したAuIrDTおよびAuDTの正イオン化MALDI FT-ICR質量スペクトルをFig. 1に示す。m/z 8550付近の分子イオンに加え、ステープル由来のAuSC12H25の質量間隔に一致する一連のフラグメントイオン由来のピークが認められた。AuIrDTの正イオン化MALDI FT-ICR質量スペクトルのm/z 8550付近の拡大図と推定されるシミュレーションスペクトルをFig. 2に示す。AuIrDTではAuのみからなる[Au25(C12H25S)18]+(Theoret. mass : 8545.18)の組成を有する分子イオンピークが認められた。スペクトルには [Au25(C12H25S)18]+に加えてm/z 8542、8544に弱いピークが認められた。これらはIrが複合化したクラスターの同位体分布に由来すると考えられ、クラスターにIrが複合化していることが確認できた。
観測されたフラグメントピークを詳細に解析した結果、分子イオンピークおよびAuSC12H25が3つ脱離したm/z7354まではIrを1原子含むクラスター由来のピークの同位体分布が認められたが、AuSC12H25が4つ脱離したピークの同位体分布は、Fig. 3に示す通りAuのみからなるクラスター由来の分布のみが得られたことから、Ir原子はステープル部位に存在することが明らかとなった。
25原子からなる金クラスターは、-1価として観測されやすく、負イオンでのスペクトルの報告が多い。1) Auのみからなるクラスターの負イオン化MALDI FT-ICR 質量スペクトルでは-1価の分子イオンが観測されたが、Au-IrクラスターからはIr複合化クラスター由来のピークの同位体分布が確認できなかった。これより、Au25クラスターのステープル位置にIr原子が複合化した場合、負イオンにはなりにくいことが示唆された。
参考文献
1) H. Qian, et al, Acc. Chem. Res. 2012, 45, 9, 1470–1479.
2) K. Kwak, et al, Nat. Commun. 2017, DOI: 10.1038/ncomms14723
3) K. Kwak, et al, J. Am. Chem. Soc., 2015, 137, 10833−10840.
4.その他・特記事項(Others)
FT-ICR質量分析に関しては北陸先端科学技術大学院大学の宮里朗夫博士に測定頂いた。
5.論文・学会発表(Publication/Presentation)
なし
6.関連特許(Patent)
なし