利用報告書

小惑星イトカワの微粒子の微細表面観察と元素分布分析
松本徹1)
1) 宇宙航空研究開発機構

課題番号 :S-15-MS-1046
利用形態 :機器利用
利用課題名(日本語) :小惑星イトカワの微粒子の微細表面観察と元素分布分析
Program Title (English) :Surface observation of grains from Asteroid Itokawa
利用者名(日本語) :松本徹1)
Username (English) :Toru. Matsumoto1)
所属名(日本語)  :1) 宇宙航空研究開発機構
Affiliation (English) :1) Japan Aerospace Exploration Agency

1.概要(Summary )
探査機はやぶさは、小惑星イトカワを探査し、天体表面から百ミクロン程度のサイズの微粒子を回収して地球に持ち帰った。これまでのイトカワ粒子の観察から、粒子表面には、熱変成に伴う気相成長によるステップで構成されるサブミクロンサイズの自形粒子が存在し、これらは隕石中の空隙組織(Micro-druse)に対応すると推測されていた。しかし、隕石中の空隙は凹凸が激しく、鉱物種・組成を同定できていない。本研究では、走査型電子顕微鏡による隕石中の空隙組織の観察と高感度のエネルギー分散型分光分析装置を用いた元素分析から、その起源・形成過程の詳細を明らかすることを目指した。観察の結果、隕石中のMicro-druseは、母天体集積時に形成したと考えられることが分かった。この結果から、イトカワ粒子の元々の母岩にもMicro-druseが多数存在し、母岩は、porousな普通コンドライトに対応する岩石であったことが示唆される。

2.実験(Experimental)
使用装置:走査型電子顕微鏡(SU6600), エネルギー分散型分光分析装置(FLAT QUAD)
実験概要:イトカワ粒子はLLコンドライトと呼ばれる隕石に対応する岩石組織を示している。本実験では、LLコンドライトのうち、porous な組織を有するTuxtuac隕石(LL5タイプ)を用いた。
Tuxtuac隕石をダイヤモンドカッターで切断し、破断面を露出させた。破断面表面は炭素蒸着を行い、導電性を確保した。破断面の岩石組織をSU600を用いて観察した。また、破断面中に認識される空隙の鉱物組織をFLAT QUADを用いて詳細に分析した。

3.結果と考察(Results and Discussion)
結果:Tuxtuac隕石の破断面には、多数の空隙組織が存在した。空隙はいびつな形状をしており、これら空隙内部の鉱物は自形または半自形の形状を有している。このような組織を以下、Micro-druseと呼ぶ。Micro-druseはほぼすべて、隕石中に含まれる急冷組織であるコンドリュール間に分布していることが分かった。極少数だが、コンドリュール組織内部にもMicro-druseは存在した。今回の観察でMicro-druseに見られた鉱物種は、Olivine, High-Ca pyroxene, Low-Ca pyroxene, Plagioclase, apatite, troiliteであった。これらはLLコンドライトの主要構成鉱物であり、Micro-druseとそれ以外の領域で、構成鉱物に特徴的な違いは見られなかった。
考察:
Tuxtuac隕石中のMicro-druseの成因
普通コンドライト内部のクラックについて、X線CTを用いた分析結果が報告されている(Friedrich et al., 2008, 2014)。先行研究によると、LLコンドライト中のクラックはintragralunar-crackとintergranular-crackに分類されている。前者は鉱物結晶内部を線・面状に分布し、天体衝突時の衝撃変成により形成された破面と解釈されている(Friedrich et al., 2008, 2014)。後者はいびつな形状をもつ空隙で、母天体集積時から存在した空隙であると解釈されている。Intergramular-crakはporousな普通コンドライトに特徴的に存在し、またこれらが存在する隕石は衝撃変成度が低いことが特徴である(Friedrich et al., 2014)。porousな普通コンドライトのintergranular crackの空間分布は、コンドリュール間に分布しており(Friedrich et al., 2014)、本研究により観察したMicro-druseの分布と類似する。また、Micro-druseもいびつな形状を持つことから、Micro-druseは、先行研究のintergranular-crackに対応すると考えられる。この結果は、Tuxtuac隕石の組織観察から、隕石母天体は大きな衝撃を経験していないことが示されている(Grahum et al. 1991)ことと調和的である。従って、Micro-druseは、母天体集積時に形成したと考えられる。
Micro-druse中の自形鉱物の形成過程について考察する。原始太陽系円盤からの凝縮過程において、隕石中の自形鉱物が形成される場合もあるが(Kobatake et al. 2008)、Tuxtuac隕石の場合、コンドリュール以外の組織(マトリックス)、コンドリュール中にMicro-druseが存在することから、母天体集積以後にMicro-druse中の自形鉱物は形成したと考えられる。自形鉱物は、母天体での熱変成過程、もしくは母天体における天体衝突現象によって引き起こされるannealing過程で形成したと考えられる。
イトカワ粒子の母岩中のMicro-druse
イトカワ粒子の表面観察から、Micro-druseに対応する表面(自形の鉱物結晶で覆われる表面)を持つ粒子は、個存在する。このことは、イトカワ粒子の元々の母岩にもMicro-druseが多数存在し、母岩は、Tuxtuac隕石のようなporousな普通コンドライトに対応する岩石であったことが示唆される。
小惑星イトカワは、直径20km以上の大きな天体がカタストロフィックな破壊により生じた破片が集積して、現在の500m程度の天体になったと考えられている(Nakamura et al., 2011)。しかし、カタストロフィック破壊時の衝撃変成に対応するような証拠はイトカワ粒子の分析で示されていない。激しい衝撃変成組織が見られないことは、イトカワ粒子の母岩の空隙率が高かったことが、ひとつの原因として考えられる。

4.その他・特記事項(Others)
なし
5.論文・学会発表(Publication/Presentation)
なし
6.関連特許(Patent)
なし

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