利用報告書
課題番号 :S-19-MS-1022
利用形態 :施設利用
利用課題名(日本語) :幾何フラストレーション磁性体の合成と電場効果
Program Title (English) :Magnetic Properties of Hydrogen-bonded Magnets under Electric Field.
利用者名(日本語) :藤田 渉1)
Username (English) :W. Fujita1)
所属名(日本語) :1) 成蹊大学理工学部
Affiliation (English) :1) Faculty of Science and Technology、Seikei University
1.概要(Summary )
本研究では、主に銅水酸化物Cu(OH)2–xAx (A:アニオン)の構造に着目して、新しい性質を示す磁性物質の創製を目指した。主に、以下の2テーマを実施した。
①有機アニオンを用いた銅水酸化物の合成と新しい磁気現象の探索
銅水酸化物の結晶構造はアニオンAの構造や構成イオンの比率などに依存し、磁性物理分野で注目を集めている幾何フラストレーションネットワーク構造を形成する。本研究ではアニオンAとして構造多様な有機イオン、特に有機スルホン酸イオンを利用し、銅水酸化物の構造制御や新規構造の構築と新規磁気現象の探索を行った。
②銅水酸化物ならびに銅ハロゲン化物への電圧印加効果
銅水酸化物や銅ハロゲン化物に電圧を印加し、わずかな構造歪を与えたときの磁気応答を検討した。電場印加により、磁気秩序や自発磁化の発現など、大きな磁気変調を示す物質の探索を行った。
2.実験(Experimental)
各試料の調製法は、「3.結果と考察」に記した。結晶構造解析および磁気測定は分子科学研究所機器センターのRigaku社製単結晶構造解析装置Mercury-CCD(CCD-1)、HyPix-AFCおよび日本カンタムデザイン社製SQUID型磁化測定装置(MPMS-7, MPMS-XL7)を用いて行った。
3.結果と考察(Results and Discussion)
①有機アニオンを用いた銅水酸化物の合成と新しい磁気現象の探索
本研究では、直鎖アルカンスルホン酸イオン(n-CnH2n+1SO3–)(アルキル炭素数n = 1 ~ 10)をアニオンAとして、銅水酸化物内に導入し、結晶育成と構造解析を中心に検討を行った。
試料はアルカンスルホン酸ナトリウムの水溶液と酢酸銅水溶液を混合後、適温で長時間放置することにより、調製した(加水分解法)。表1に様々な温度で反応させたときの生成物(結晶)を示す。
表1.n-CnH2n+1SO3–と酢酸銅との反応により生成した結晶。
n 反応温度60 ˚C〜 室温〜40 ˚C
1 [Cu2(OH)3(CH3COO)]•H2O
二次元三角格子 –
2 [Cu2(OH)3(CH3COO)]•H2O
二次元三角格子 –
3 [Cu2(OH)3(CH3COO)]•H2O
二次元三角格子 –
4 [Cu2(OH)3(CH3COO)]•H2O
二次元三角格子 –
5 薄片状微結晶
二次元三角格子? –
6 薄片状微結晶
二次元三角格子? –
7 薄片状微結晶
[Cu2(OH)3(C7H15SO3)]•H2O
二次元三角格子 針状晶
ダイヤモンド鎖
8 薄片状微結晶
二次元三角格子? 針状晶
ダイヤモンド鎖
9 薄片状微結晶
二次元三角格子? 針状晶α,β
ダイヤモンド鎖
10 薄片状微結晶
二次元三角格子? 針状晶
ダイヤモンド鎖
アルキル鎖の比較的短いスルホン酸イオン(n = 1 ~ 4)と酢酸銅とを含む水溶液を60 ˚C以上で放置したところ、いずれも既知物質である塩基性酢酸銅[Cu2(OH)3(CH3COO)]•H2Oの緑色板状晶が生成した。一方、n = 5 ~ 10のアルカンスルホン酸イオンと酢酸銅との水溶液を60 ˚C以上で放置したところ、水色薄片状微結晶が生成した。n = 7において、生成した微結晶を用いて構造解析を行ったところ、解析は現段階では不十分であるものの、格子定数と原子位置を決定することに成功し、[Cu2(OH)3(C7H15SO3)]•H2Oであることがわかった(単斜晶系、P21、a = 5.6176(18) Å, b = 6.0418(19) Å, c = 19.092(6) Å, = 91.488(11)˚, V = 647.8(4) Å3, z = 2, R1 = 0.0540, wR2 = 0.1519, T = 150 K)。図1にその構造を示す。この物質は図1(a)に示すように、銅水酸化物の層と、アルカンスルホン酸イオンが凝集した層とが交互に積層した層状物質であった。スルホン酸イオンは酸素原子を介して、水酸化銅層内の銅イオンに直接配位していた。図1(b)に水酸化銅層内の原子配列を示す。この物質の原子配列は、Mg(OH)2と似ており、銅イオンは二次元三角格子を形成していた。この関連物質は海外のいくつかのグループにより、粉末状態での検討が行われているが、単結晶を得ることに成功したのは、今回が初めてである。今後、良質の結晶を調製し、再度結晶構造解析にトライする必要がある。n = 7以外の薄片状微結晶について単結晶構造解析を試みたが、結晶のサイズが十分でなく、また回折強度が弱かったため、格子定数を決定することができなかった。得られた薄片状結晶について、粉末X線回折実験を行ったところ、層状構造に特有のパターンが観測され、アルキル炭素数nの増大とともに、面間隔の増大が確認された。いずれも[Cu2(OH)3(C7H15SO3)]•H2O(n = 7)と類似の二次元三角格子構造を有する水酸化銅の層とアルカンスルホン酸イオンの層とが交互に積層した構造を有していると考えられる。
n = 1 ~ 4のアルカンスルホン酸イオンを含む層状水酸化銅が生成せず、塩基性酢酸銅が生成した理由としては、スルホン酸イオンよりもカルボン酸イオンの方が、銅イオンに対する配位能力は高いため、と考えられる。一方、n > 5のアルカンスルホン酸イオンは疎水性が大きく、水溶液中で単独で存在するよりも、疎水性相互作用、あるいは、アルキル基の親油性相互作用によって集合状態を形成した方が安定であると考えられる。そのため、銅水酸化物の層間には、酢酸イオンよりも、スルホン酸イオンが存在する方が安定になるため、n > 5の層状水酸化銅が生成したと考えられる。
一方、n = 7 ~ 10のアルカンスルホン酸イオンと酢酸銅とを含む溶液を、上述よりも低い45 ˚C以下で2週間から数ヶ月程度、放置したところ、青色の針状晶が得られた(表1)。n = 9においては、2種類の結晶多形(α、β)が存在し、45 ˚C程度で結晶成長させた場合はα相(9α)が、室温で1ヶ月程度放置した場合はβ相(9β)が優先的に成長することがわかった。なお、n = 9以外は結晶多形を確認できなかった。表2に得られた5種類の結晶の結晶学データをまとめておいた。
図2に9αと9βの結晶構造の模式図を示す。いずれも銅イオンのダイマーと、モノマーとが交互に並んだダイヤモンド鎖格子ネットワークを形成していた。それらの組成は銅イオン間は酢酸イオン、水分子、または水酸化物イオンで架橋されていた。9αの原子配列は(図2(a))、これまでに見つかっている銅水酸化物のダイヤモンド鎖格子とよく似ており、銅イオンのダイマーの配向は平行であった。銅イオン間の架橋配位子の種類が三角形の三辺で異なることから、銅イオン間の磁気的相互作用は3種類(J1 – J3)存在していると考えられる。n = 7, 8, 10のスルホン酸イオンを含む銅水酸化物も、9αとよく似たダイヤモンド鎖格子を形成していた。
一方、9βはダイヤモンド鎖格子を形成しているものの、図2(b)に示すように、銅イオンのダイマーの配向は1つ置きにねじれがあるため、結晶学上、ダイヤモンド鎖格子は9αの2倍周期であった。銅イオン間の架橋環境から、銅イオン間の磁気的相互作用は3種類(J’1 – J’3)存在し、磁性の観点からは、9αと同じ周期の磁気ネットワークであると考えられる。
図3に9αと9βの磁気測定結果を示す。図3(a)に示すように、9αでは温度の減少とともに常磁性磁化率は増加し、70 Kでピークとなったのち、なだらかに減少した。これまでに見出した銅水酸化物からなるダイヤモンド鎖化合物と類似の挙動であった。一方、9βは36 Kでピークを示し、9αとは異なる磁気的挙動を示した。銅イオン間の架橋構造の差が、磁気的性質の大きな差に反映されているものと思われる。図3(b)は30 K以下のデータを拡大したものである。9αの常磁性磁化率はなだらかに変化し、2 Kでも常磁性的であるのに対して、9βは10 K付近で急激な減少が認められた。このことから、9βは10 K付近で何らかの磁気異常を示し、反磁性基底状態に達するものと思われる。常磁性から反磁性状態に相転移する例としては、一次元反強磁性体におけるスピン・パイエルズ転移が有名である。この転移は等間隔に並んだ格子が二量化し、結合を生じることで反磁性状態となる。ダイヤモンド鎖格子において、10 K近傍でスピン・パイエルズ転移のような挙動が発見されれば、初めての例となり、また、そのメカニズムに興味が持たれる。今後、熱物性や10 K付近での結晶構造解析を検討し、9βの磁気挙動の本質を明らかにしたいと考えている。また、現在、福井大のグループと共同研究を展開しており、強磁場下における新規磁気挙動の探索を行っている。60 ˚C以上で生成した、二次元三角格子構造を有する薄片状微結晶についても、今後、構造解析と磁気測定を行いたい。
②銅水酸化物ならびに銅ハロゲン化物への電圧印加
効果
該当年度は、塩基性ギ酸銅([Cu2(OH)3HCOO])および3種類の銅ハロゲン化物((C2H5NH3)2CuCl4、(CH2NH3)2CuCl4、(C6H5C2H4NH3)2CuCl4)における磁気的性質の電場印加効果を検討した。これらのサンプルはいずれも層状構造を有する二次元磁性体であり、塩基性ギ酸銅は 5.4 Kでメタ磁性転移、銅ハロゲン化物は面内強磁性で、9 K程度で磁気転移を示す。
塩基性ギ酸銅は加水分解法(ギ酸銅水溶液の加温放置)で作成した。2ヶ月程度の結晶育成を経て、2 mm × 0.6 mm × 0.3 mm程度のサイズを得ることに成功した。銅ハロゲン化物は水溶液からの蒸発法により、数日間で4 mm × 3 mm × 0.5 mm程度のサイズの結晶を用意することができた。まず、これらの結晶を用いて、電圧を印加せずに磁気測定を行い、磁性評価が可能であることを確認した。
それぞれの結晶には図4のように一番大きな面(層状)に端子を付けた。通常の磁気測定では、試料を金属製ロッドの先端にとり付けるため、金属ロッドの中に電圧印加用の配線を通すことで、磁気測定装置の外にある電源とサンプルルーム内の試料とをつなげることが可能であった。サンプルが破損した際、サンプルルーム内を汚染しないよう、サンプルをゼラチンカプセル内に入れた。電源として、今回は日置電機社製絶縁抵抗計(IR4051)を使用した。この装置は小型であるが、1000 Vの電圧を10時間以上印加することが可能であった。結晶と電源との間の導通を確認したのち、電圧を印加した。
これらの試料は500 V程度の電圧で絶縁破壊を起こす恐れが見られたため、250 Vの印加で磁気測定を行った。結果はいずれの試料も電圧印加前後で、磁気的挙動は変わらなかった。電圧による構造歪が極めて小さいために磁気的性質に反映されないためか、そもそも電圧が印加できているのかは不明である。配線、端子付け、もしくは電源を再度検証する必要がある。
今回は電圧印加による磁気変調を発見できなかったが、今後も、別の試料を用いて慎重に電圧印加効果の検討の継続をしたい。
4.その他・特記事項(Others)
なし。
5.論文・学会発表(Publication/Presentation)
(1) K. Klai, S. Soudani C. Jelsch, F. Lefebvre, W. Kaminsky, W. Fujita, C. Ben Nasr, K. Kaabi, Crystal structure, Hirshfeld surface analysis, and physicochemical studies of a new Cu(II) complex with 2-amino-4-methylpyrimidine. J. Mol. Struct. 1194(2019) 297-304.
(2) E. Jaziri, L. Khedhiri, S. Soudani, V. Ferretti, F. Lefebvre, W. Fujita, C. Ben Nasr, A New Organic-Inorganic Hybrid Compound (C5H8N3)2[Cu2Cl6]: Synthesis, Crystal Structure, Hirshfeld Surface Analysis, Vibrational Properties and DFT Calculations. J. Cluster Sci. Published: 13 March 2020.
(3) 藤田渉, プロピオン酸イオンの加水分解による新規ダイヤモンド鎖化合物の単結晶育成、結晶構造および磁気的性質、日本物理学会第75回年次大会 令和2年3月16日.
(4) 徳光昭夫、藤田渉, (6核+単核)スピン系における単核の効果、日本物理学会第75回年次大会 令和2年3月16日.
(5) 郡司宰, 青柳忍, 藤田渉, ハロゲン化銅層状ペロブスカイトの単結晶X線構造解析、日本物理学会第75回年次大会 令和2年3月17日.
(6) 藤田渉, 配位高分子錯体[M(II)(HOCH2COO)2]が示す構造変化と磁気相転移、2019年度量子ビームサイエンスフェスタ・第11回MLFシンポジウム 令和2年3月13日.
(7) 藤田渉, 新規ダイヤモンド鎖化合物[Cu3(OH)2(CH3CO2)2(H2O)4](C9H19SO3)2が示す反磁性基底状態、日本物理学会 2019年秋季大会 令和元年9月10日.
(8) 徳光昭夫、藤田渉, (6核+単核)スピン系における単核の効果、日本物理学会 2019年秋季大会 令和元年9月10日.
(9) 郡司宰, 青柳忍, 藤田渉, 塩化銅層状ペロブスカイトの単結晶X線構造解析、日本物理学会第75回年次大会 令和2年3月17日.
6.関連特許(Patent)
該当なし。