利用報告書
課題番号 :S-16-JI-0002
利用形態 :技術代行
利用課題名(日本語) :有機・無機複合材料と用いた薄膜太陽電池の開発
Program Title (English) :Development of Thin-film Solar Cells with Organic-Inorganic Hybrid Materials
利用者名(日本語) :大久保貴志
Username (English) :T. Okubo
所属名(日本語) :近畿大学理工学部
Affiliation (English) :Faculty of Science and Engineering, Kindai University
1.概要(Summary )
金属イオンと架橋配位子からなる配位高分子は従来の単核錯体で実現できない構造の構築や機能の発現が期待されている、本研究室ではジチオカルバミン酸誘導体やヘキサアザトリフェニレン誘導体などの有機配位子とハロゲン化銅を組み合わせることで種々の配位高分子の合成し、その電子状態と伝導性に関して研究を行ってきた。同時に上記配位高分子を用いた新たな薄膜太陽電池の開発も行っている。今年度は新たに4つの窒素を含むアクセプター性複素環化合物であるtetrazine誘導体を配位子とした配位高分子を合成し、新たな無機・有機複合材料としての可能性を検討した。その結果、tetrazineは従来の含窒素芳香族配位子に比べLUMO準位が低いために、臭化銅と反応させことによりバンドギャップの小さな配位高分子が生成することを見いだした。合成した配位高分子は半導体特性を示し、薄膜化も可能でることが明らかになった。
2.実験(Experimental)
含窒素芳香族配位子であるtetrazine(ttz)誘導体(tetrazine = ttz, Dimethyltetrazine = Me2ttz, Bis(methyl thio)tetrazine = SMe2ttz)のアセトン溶液と臭化銅のアセトン-プロピオニトリル混合溶液を反応させることで 配位高分子[Cu2Br2(ttz)]n (1)、[Cu4Br4(Me2ttz)]n (2)、[Cu2Br2(SMe2ttz)]n (3)を合成した。1および2に関しては黒色結晶が得られたため単結晶X線構造解析によりその結晶構造を明らかにした。
得られた配位高分子に関して、光電子分光装置(理研計器製UPS AC-2)および正・逆光電子分光装置(レックサイエンス PYS-200+IPES)を用いて配位高分子の電子状態を検討した。また、直径13 mmの2枚の真鍮板に挟み加圧し成形したペレット状のサンプルを用いて直流法および交流法による伝導性の評価を行った。交流法はLCRメータを用いて100 Hzから3 MHz、200 Kから400 Kまでインピーダンスの周波数依存性と温度依存性を測定することで評価した。
3.結果と考察(Results and Discussion)
合成した配位高分子[Cu2Br2(ttz)]n (1)および[Cu4Br4(Me2ttz)]n (2)の結晶構造をそれぞれ図1および図2に示す。どちらもtetrazineの4つの窒素原子全てが一価の銅に配位しており、銅イオンはテトラヘドラル構造を有している。錯体1においてtetrazineと臭素イオンが銅イオンに配位することで高分子構造を形成している。具体的には、臭化銅がジグザグ構造を有する一次元鎖を形成し、その一次元鎖をtetrazineが架橋することで三次元集積構造を形成している。一方錯体2では錯体1とは異なり臭化銅が歪んだハニカム二次元シートを形成し、その二次元シートをMe2ttzが架橋することで三次元構造を形成している。
[Cu2Br2(ttz)]n (1) および[Cu4Br4(Me2ttz)]n (2)のUV-Vis -NIR拡散反射スペクトル測定の結果を図3に示す。配位高分子1では700nm付近と1200〜1400nm付近に銅(I)から配位子への電荷移動吸収(MLCT)由来つる特徴的な吸収が観測された。配位高分子2も同様に近赤外領域まで広がる幅広い吸収が観測されたものの、吸収係数は配位高分子1より小さな値を示した。また、[Cu2Br2(ttz)]n (1)および[Cu4Br4(Me2ttz)]n (2)のHOMO-LUMOギャップEgは0.68 eVおよび0.75 eVであった。これらの値は配位子ttzのHOMO-LUMOギャップ1.94eVに比べて大幅に小さく、配位高分子骨格を形成することでエネルギーバンドを形成したためであると考えている。
図4に配位高分子1および2の光電子分光測定の結果を示す。低エネルギー側の励起前の近似線と高エネルギー側の励起後の近似線との交点から仕事関数、すなわちHOMOのエネルギー準位を求めることができる。配位高分子1と2は共に近いHOMO準位を有しており-5.42 eVおよび-5.40 eVであった。また、上述の拡散反射スペクトルの吸収端から見積もったHOMO-LUMOギャップが0.68 eVおよび0.75 eVであることから、それぞれのLUMO準位が4.74 eVおよび-4.65 eVと算出された。
配位高分子の電気伝導性を明らかにするためインピーダンス分光測定を行った。図5はインピーダンスの実部を虚部に対して描画したCole-Cole plotである。通常、Cole-Cole plotでは、それぞれの抵抗成分を直径とする半円を描くことが知られているが、今回その円弧の一部が観測されている。これらのプロットに対し、バルク抵抗成分、粒界抵抗成分、界面抵抗成分からなるRC等価回路を仮定しフィッティングを行い各温度における電気伝導度を見積もったところ、室温におけるバルク成分の伝導度はそれぞれσ300K = 1.22×10-7 S/cm、σ300K = 6.40×10-9 S/cmであり、二桁ほどの違いが見られた。この伝導性の違いは銅の架橋構造の違いと架橋配位子のアクセプター性の違いに原因があると考えている。バンド計算の結果から配位高分子1ではtetrazineを介した一次元鎖方向の有効質量が最小となり、最も高いホール伝導が発現することが示唆された。このとき錯体1では二つの銅イオンがtetrazineを架橋し、一次元鎖を形成している。一方、配位高分子2では臭化銅が二次元シートを形成しているものの、配位高分子1の様なtetrazine架橋の一次元鎖を形成していないため効果的な軌道の重なりが小さいものと考えている。更に錯体2のMe2ttzはアクセプター性がttzより小さく銅イオンのd軌道との重なりが小さいことからバンドギャップが大きく、キャリア密度が小さいものと考えている。実際、温度の逆数に対する電気伝導度の傾きから活性化エネルギーを見積もると、それぞれ0.202 eV、0.390 eVであり、配位高分子1の活性化エネルギーが配位高分子2よりも小さいく、伝導性に違いが生じている。
4.その他・特記事項(Others)
今回、光電子分光の実際の測定において北陸先端科学技術大学院大学の村上達也博士および木村一郎博士に大変お世話になりました。この場を借りて感謝申し上げます。
5.論文・学会発表(Publication/Presentation)
(1) 堀井俊也、大久保貴志、前川雅彦、黒田孝義、第77回応用物理学会秋季学術講演会、平成28年9月3日.
(2) 向井康智、松村俊祐、安原稔、中谷研二、大久保貴志、前川雅彦、黒田孝義、第77回応用物理学会秋季学術講演会、平成28年9月3日.
(3) 樋元健人、中村加奈、大久保貴志、前川雅彦、黒田孝義, 5th International Conference on Metal-Organic Frameworks & Open Framework Compounds、平成28年9月11日.
(4) 中村加奈、樋元健人、大久保貴志、前川雅彦、黒田孝義, 5th International Conference on Metal-Organic Frameworks & Open Framework Compounds、平成28年9月11日.
(5)谷嶋晃樹、野田祐輔、中山将伸、杉本邦久、大久保貴志、前川雅彦、黒田孝義、錯体化学会第66回討論会、 平成28年9月11日.
(6) 向井康智、中谷研二、大久保貴志、前川雅彦、黒田孝義、日本化学会第97春季年会、 平成29年3月16日.
(7) 堀井俊也、大久保貴志、前川雅彦、黒田孝義、日本化学会第97春季年会、 平成29年3月17日.
(8) 樋元健人、大久保貴志、前川雅彦、黒田孝義、日本化学会第97春季年会、 平成29年3月17日.
(9) 中村加奈、大久保貴志、前川雅彦、黒田孝義、日本化学会第97春季年会、 平成29年3月17日.
6.関連特許(Patent)
なし







