利用報告書

海洋付着生物接着部位における接着タンパク質不均質構造の可視化
檜垣勇次1), 坂巻達記2) ,高原 淳1)
1) 九大先導研, 2) 九大院工

課題番号 :S-17-MS-2023
利用形態 :機器利用
利用課題名(日本語) :海洋付着生物接着部位における接着タンパク質不均質構造の可視化
Program Title (English) :Visualization of inhomogeneous structure of adhesive proteins at adhesion interface of marine fouling organisms
利用者名(日本語) :檜垣勇次1), 坂巻達記2) ,高原 淳1)
Username (English) :Y. Higaki1), T. Sakamaki2),A. Takahara1)
所属名(日本語) :1) 九大先導研, 2) 九大院工
Affiliation (English) :1) IMCE, Kyushu University, 2) Grad. Sch. Eng., Kyushu University

1.概要(Summary )
 表面に吸着した水やタンパク質等の生体分子は接着を阻害するため、体液で被覆された組織に対する接着が要求される医用接着材料、湿潤環境における接着が要求される構造材料分野では、効果的な湿潤環境接着の実現が課題となっている。海洋付着生物であるフジツボやイガイは、湿潤環境下でも岩礁部に強固に接着する[1]。イガイの接着タンパク質について、接着に重要なアミノ酸残基が特定され、数多くのバイオミメティック人工接着性高分子が提案されている[2,3]。しかしながら、イガイ接着界面における特定の接着タンパク質の局在化や、硬化部位における不均質構造については十分に解明されていない。本研究では、イガイ接着部断面の軟X線顕微鏡観察による、多成分タンパク質硬化物であるイガイ接着部におけるモルフォロジーと、接着界面への特定成分の局在化、傾斜構造等の、不均質構造の解明を目的として、軟X線顕微鏡による元素イメージングを行った。イガイの接着硬化物において、置換芳香族成分含量の多い高密度相が接着界面に局在化するとともに連続相を形成し、低密度分散相が接着界面から傾斜的に増加していることを明らかにした。さらに、芳香族成分含有量の低い空気界面層が形成されていることも確認された。
2.実験(Experimental)
 ポリメチルメタクリレート(PMMA)板(三菱レイヨン製,4 mmt)をムラサキイガイ成体(体長約3cm)とともに50 mLビーカー内に配置し、海水を加え、数日間静置することで足肢をPMMA板に接着させた。接着した足肢を切断し、吸盤状接着部位を可視光硬化性樹脂により室温で包埋して、ミクロトームで切削することで、超薄切片をTEMグリッド(応研, Cu 100-A)上に保持した。UVSOR BL4Uにて軟X線顕微鏡観察を行った。PMMA/イガイ接着部位/光硬化性樹脂界面の断面を、10 x 10 m(100 x 100 pixel)の領域を100 nm/pixelで、X線吸収スペクトルのマッピング測定を行った。炭素(282 – 300 eV)、および酸素(528 – 545 eV)の吸収端でそれぞれ測定した。

図1. PMMA板に接着したムラサキイガイ

3.結果と考察(Results and Discussion)
 図1に、PMMA/イガイ接着部/光硬化性樹脂層の断面の軟X線顕微鏡観察像と炭素の吸収端におけるX線吸収スペクトルを示す。PMMA/イガイ接着部界面はミクロトーム切削過程で剥離してボイドとなった。一方、イガイ接着部位の空気界面を被覆した光硬化性樹脂相(4)は、切削過程でも剥離することなく接着が維持された。イガイ足糸接着部にはX線吸収強度の異なる不均一構造が形成されている。明部の連続相(2)は、暗部の分散相(1)と比較してX線吸収強度が高いことから、相対的に高密度である。また、PMMA板界面は明部で被覆されていた。明部において、287.1eVにC-R *C=C遷移に帰属されるピークが観測されることから、置換芳香族骨格の含有量が高いと考えられる。すなわち、高密度で置換芳香族基を多く含有する成分がPMMA板との接着界面相を被覆し、連続相を形成しており、置換芳香族成分が少なく低密度なドメインが分散相を形成している。PMMA板接着界面から、傾斜的に低密度ドメインの数密度が増大しており、接着界面で特に硬質な硬化物を形成し、空気界面に向けて低密度成分が分散した不均質な硬化物を形成していることが明らかになった。一方、イガイ接着部の表面層(3)は、X線吸収強度は明部高密度相と同様であるのに対し、288.1 eVに観測されるタンパク質主鎖アミド結合のC=O *C=O遷移の強度に対する285 eVに観測される芳香環のC-H *C=C遷移に帰属されるピークの強度が低い。すなわち、芳香環が相対的に少ないタンパク質硬化物で表面相が被覆されていることを示唆している。なお、酸素吸収端のX線吸収スペクトルにおいて、アミド結合由来の532 eVの吸収ピークが観測され、炭素吸収端と同様に明部では吸収強度が高く、暗部に対して相対的に高密度であることが確認された。空気界面相とバルク連続相は同様のスペクトルを示した。

図1. PMMA/イガイ接着部/光硬化性樹脂界面層の軟X線顕微鏡観察像 [(a) 288.1 eV, (b) 285eV] と炭素吸収端における吸収スペクトル

 イガイの接着性分泌物は複数のタンパク質(mussel foot proteins, m.f.p.)で構成されており、翻訳後修飾されたヒドロキシル化チロシンであるDopa(3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン)残基を多く含有することが知られている。C-R *C=C遷移に帰属されるピークが連続相で観測されることから、Dopa含有量の多いm.f.p.が高密度連続相を形成し、PMMA板界面で局所的に硬化していると考えられる。一方、表面層は芳香環含有量が低いことから、連続相、分散相とは異なるタンパク質で皮膜が形成されていることが明らかとなった。
 以上要するに、硬化物に高密度相/低密度相/表面相のサブミクロンスケールの多成分不均一構造が存在することを明らかにした。本研究成果は、工学と生物学の学際的な重要性だけでなく、新規接着材料の開発につながる基礎的な知見を与えるものである。

4.その他・特記事項(Others)
参考論文
(1) Lee, B. P.; Messersmith, P. B.; Israelachvili, J. N.; Waite, J. H. Mussel-Inspired Adhesives and Coatings. Annu Rev Mater Res 2011, 41, 99–132.
(2) Lee, B. P.; Chao, C.-Y.; Nunalee, F. N.; Motan, E.; Shull, K. R.; Messersmith, P. B. Macromolecules 2006, 39, 1740–1748.
(3) Nishida, J.; Kobayashi, M.; Takahara, A. ACS Macro Letters 2013, 2, 112–115.
謝辞
ムラサキイガイ接着試料の調製は、セシルリサーチ株式会社 神谷亨子様、山下桂司様にご協力いただきました。超薄切片試料の調製は、東京工業大学 早川晃鏡先生、菊地良平様にご協力いただきました。心より御礼申し上げます。本研究の一部は、文部科学省光・量子融合連携研究開発プログラム、統合物質創製化学研究推進機構による援助を受けたものである。

5.論文・学会発表(Publication/Presentation)
なし
6.関連特許(Patent)
なし

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