利用報告書

車載モーターにおける電極材料の電子状態・電気物性評価と材料最適化
清水 皇, 浅井英雄
株式会社デンソー

課題番号 :S-17-JI-0012
利用形態 :機器利用
利用課題名(日本語) :車載モーターにおける電極材料の電子状態・電気物性評価と材料最適化
Program Title (English) :Electronic states and Electric properties of Electrode Materials on In-Vehicle Motors
利用者名(日本語) :清水 皇, 浅井英雄
Username (English) :S. Shimizu and H. Asai
所属名(日本語) :株式会社デンソー
Affiliation (English) :DENSO CORPORATION

1.概要(Summary )
自動車の電動化・自動運転化に伴い、モーターおよびそれに付随する作動機構 (電子回路) の最適化要求が高まっている。しかし、車載モーターには、旧来からのブラシモーターだけでなく、駆動と発電機能を両立させたモータージェネレーターなど多数の種類があり、その選択は容易ではない。また近年は、自動車筐体内のスリム設計のために、車載モーターと電子回路との一体化 (機電一体化) が進行しており、モーター回路系の最適化はますます難しくなってきている。本研究では、モーター回路系の最適化条件の一つである「電極材料の表面及び界面の電子状態制御」について検討する。これを以って表面・界面抵抗を最小化し、モーター回路系の整流特性を精緻にコントロールする事を目的とした。
取り扱い材料は、従来ブラシモーターにおける黒鉛/銅混練ブラシ電極、及びSiC-MOSFETにおけるSiO2/SiC積層基板とした。前者製品は、エンジンスターターのコア部品であり、後者は今後の自動車電動化を牽引する重要製品である (on-offスイッチングにより電流値を矩形波制御する事で電圧を昇降)。

2.実験(Experimental)
・正/逆光電子分光法
PYS-200 + IPES (テックサイエンス), AC-2 (理研計器)
表面及び界面電子状態観測
・紫外光電子分光 + X線光電子エネルギー損失分光法
AXIS ULTRA (島津/KRATOS)
価電子帯電子状態 + ギャップ内準位観測

[サンプル]
・銅/黒鉛 任意比率混練ブラシ
・熱酸化+H2O wet再酸化 10 nm SiO2/4H-SiC m面基板
3.結果と考察(Results and Discussion)
[銅/黒鉛混練ブラシの表面抵抗簡易予測法確立]
任意比率の銅/黒鉛混練材料について紫外光電子分光 (UPS) 測定 (He I, h = 21.22 eV) を実施した。 
フェルミレベル (EF) 近傍をフェルミディラック分布でフィッティングし、伝導帯側への染み出し領域の面積逆数値と、別途マクロ4端子法で測定したブラシ電極の抵抗率を比較した (図1)。その結果、これらの変数間に良い直線性が認められた。これは、Drudeの式: 電気伝導度 () ∝ {極性 (e), キャリア移動度 (), キャリア密度 (n)} がブラシ材料の電子系で成立する事を示唆している。しかし一方で、同様の解析を逆光電子分光測定結果についても実施したが、こちらでは、図1の様な相関は得られなかった (混練比率に依らず価電子帯側への染み出し面積は一定)。
 以上から、銅/黒鉛混練ブラシでは、電子が主要キャリアであり、ホールは電気伝導には寄与しない事が解った。この理由については解明の余地が残されているが、本研究を以って、UPSがブラシ電極材料の簡易抵抗予測器になり得る事が証明された。今後、低抵抗ブラシ材料の開発が加速化する事が期待される。
 なお、村上主任技術職員 (JAIST) には、広島大学放射光科学研究センター (HiSOR) におけるUPS/IPES測定にも参画頂き、上記結果の検証を共同で実施してきた。

[SiO2/SiC基板の界面電子状態評価]
 H2O wet再酸化処理とは、弊社と東京大学 喜多研究室で共同開発しているSiO2/SiC界面欠陥の「画期的」低減法である1)。高い電子移動度が期待される4H-SiC m面基板において、キャリアトラップ準位となる界面準位が抑制できれば、高効率SiC-MOSFETが創製される。
図2に、キャリアトラップ準位 (ギャップ内準位) を観測するために考案したX線光電子エネルギー損失分光 (XPS-EELS) の概念を示す。1845.1 eVに観測されているピークはSiO2由来のSi 1sピークである (本測定は、JAISTで助言を頂いた後、弊社実験室において実施)。これを弾性散乱ピークとする時、1854 eV以上に観測される光電子強度のなだらかな立ち上がりは、SiO2のバンドギャップ (9 eV) 2) に由来する非弾性散乱構造である。図2上段のスペクトルは、弾性散乱ピークをVoigt関数でフィッティングし、実測データからその成分を差し引いた、Si M-edge XPS-EELSスペクトルである (弾性散乱ピーク位置: エネルギー損失 = 0 eV)。
当社グループでは、表1に示すサンプルにおいて、Si M-edge (DENSO lab-XPS) およびO-L edge XPS-EELS (AXIS ULTRA) 測定を実施した。

 

結果として、O-L edge XPS-EELSからは、いずれのサンプルにおいても清浄なSiO2(IV) に相当する9 eVのバンドギャップエネルギーが算出された。しかし一方で、Si-M edge XPS-EELSからは、いずれも9 eV未満の値が得られ、互いに相対する結果となった。
 この事は、酸素原子周辺の結合状態は正常 (Si原子との結合に過不足がない) であるのに対し、Si原子周りでは酸素が不足し、最適なバンドギャップが形成されていない事を示唆している (酸素欠陥が多い事を示唆)。
 しかしながら、ドライ酸化 (熱酸化) のみで作製されたSiO2に比べると、H2O Wet再酸化処理を施したサンプルはいずれもバンドギャップが9 eVに漸近する傾向が観測されており、wet再酸化に酸素欠陥補償効果がある事が分かる。暫定としては、0.2 % H2Oを含むO2ガス再酸化処理条件 (3h) が最適である (バンドギャップが最も改善されている)。

 別途、東大グループにおいて同サンプル群のSiC-MOSFETを作製し、Dit解析 (界面キャリアトラップ密度解析) を実施した。特に、0.2 % H2Oを含むO2ガス再酸化処理条件 (3h) では、ドライ酸化のみに比べてトラップ準位が1/10に低減する事が確認され、バンドギャップ値が正常値 (9 eV) に近づくほどFET特性も向上する事が確認されている。
 現在我々は、PYS/IPES測定において、SiO2/SiC界面におけるギャップ内不純物準位が直接観測可能か、引き続きJAISTで検討している: これが成功すれば不純物準位の絶対値と濃度定量ができ、SiC-MOSFET特性の最適化条件探索が加速化すると期待される。

4.その他・特記事項(Others)
(1) H. Hirai and K. Kita, Appl. Phys. Lett. Vol. 110 (2012) p.p. 152104.
(2) J. Robertson, J. Vac. Sci. & Tech. B: Microelectronics and Nanometer Structures Processing, Measurement, and Phenomena Vol 18.3 (2000) p.p. 1785-1791.

5.論文・学会発表(Publication/Presentation)
分子・物質合成プラットフォーム シンポジウム 平成30年6月2日 発表予定

6.関連特許(Patent)
なし

©2025 Molecule and Material Synthesis Platform All rights reserved.