利用報告書

量子スピン液体状態を示す新規磁性物質の合成と物性評価
藤田渉(成蹊大学理工学部)

課題番号 :S-20-MS-1024
利用形態 :施設利用
利用課題名(日本語) :量子スピン液体状態を示す新規磁性物質の合成と物性評価
Program Title (English) :Crystal Growth and Magnetic Properties of New Copper Hydroxides with Diamond Chain or Two-dimensional Triangular Lattice Magnetic Networks.
利用者名(日本語) :藤田 渉1)
Username (English) :W. Fujita1)
所属名(日本語) :1) 成蹊大学理工学部
Affiliation (English) :1) Faculty of Science and Technology、Seikei University

1.概要(Summary )
 銅水酸化物Cu(OH)2–xAx•yH2O(A =アニオン)は、銅イオン(S = 1/2)と水酸化物イオンからなる部位と、アニオンAが凝集した部位からなり、銅水酸化物部位は構成イオンの比率やアニオンAの種類に依存して、二次元三角格子構造の他、ダイヤモンド鎖構造、カゴメ格子構造、パイロクロア構造など、新しい磁気状態「量子スピン液体状態」を発現しうる磁気ネットワークを形成することが知られている。
 最近、申請者は酢酸イオンの加水分解反応を利用することで、銅水酸化物の単結晶を容易に育成できることを明らかにした。現在までに、十種類以上の銅水酸化物の構造同定と磁性評価を行い、ごく最近、反磁性基底状態を有するダイヤモンド鎖格子誘導体(β-[Cu3(OH)2(CH3COO)2(H2O)4](n-C9H19SO3)2)を発見するに至っている。ダイヤモンド鎖格子磁性体で反磁性基底状態を有する系は、今回で2例目であり、今後、この物質の磁気構造や強磁場物性を検討することにより、反磁性状態の本質が、高温超伝導の機構とも関係があると言われている「量子スピン液体状態」に基づくものであるか否かを、見極めたいと考えている。
 2011年以来、銅水酸化物の結晶化に関する研究に携わってきたが、この物質群における物質探索は未だに十分とは言えず、興味深い物性を示す誘導体が発見される可能性があると期待している。そこで、当年度も引き続き、様々な新規銅水酸化物の結晶試料の作製に取り組み、系統的に構造解析と磁性評価を実施した。これまでの実験では、酢酸イオン(CH3COO–)の加水分解を利用して試料調製を行ってきた。当年度はプロピオン酸イオン(CH3CH2COO–)を用いて、銅水酸化物誘導体の合成に着手した。このイオンが銅水酸化物に取り込まれた場合、酢酸イオンを用いた場合とは異なる磁気ネットワークを有する誘導体が得られることが期待される。今回の報告では、プロピオン酸イオンと直鎖アルカンスルホン酸イオンを含む新たな複数の誘導体の作成に成功したので、紹介する。
2.実験(Experimental)
 試料はアルカンスルホン酸ナトリウム水溶液とプロピオン酸銅水溶液を混合後、40 ˚Cで長時間放置することにより調製した。混合時、水色沈殿が生成した場合は、濾過して沈殿を取り除いた後、加温放置した。結晶構造解析および磁気測定は分子科学研究所機器センターのRigaku社製単結晶構造解析装置Mercury-CCD(CCD-1)および日本カンタムデザイン社製SQUID型磁化測定装置(MPMS-7, MPMS-XL7)を用いて行った。
3.結果と考察(Results and Discussion)
 表1にアルカンスルホン酸イオンとプロピオン酸銅を反応させたときの生成物を示す。アルキル鎖の比較的短いスルホン酸イオン(n = 1 ~ 10)を含む水溶液では、二次元三角格子構造を有する緑色板状晶(既知化合物)

表1.n-CnH2n+1SO3–とプロピオン酸銅(Cu(CH3CH2COO)2•H2O)との混合により生成した結晶。
n
反応温度40 ˚C
1
緑色板状晶(既知) 1

2
1

3
1

4
1

5
1
水色針状晶2
6
1
水色針状晶3
7
1
水色針状晶4
8
1
水色針状晶5
9
1
水色針状晶6
10
1
水色針状晶7

[Cu7(OH)12(H2O)2(CH3CH2CO2)2]•(CH3CH2CO2)2•(H2O)4 (1) の生成を確認した。
 n = 5 ~ 10の溶液では、既知物質の1の他に、ダイヤモンド鎖構造を有する針状晶が生成した。得られた針状晶の結晶データを表2に示す。前回、酢酸イオンを用いて結晶作成を行ったときは、n = 7以上でダイヤモンド鎖誘導体が生成したが、今回はよりアルキル鎖の短い誘導体においても、ダイヤモンド鎖誘導体が得られている。酢酸イオンよりもプロピオン酸イオンの方が疎水性が高いことと関連しているのかもしれない。アルカンスルホン酸イオンの鎖が長くなると、c軸の格子定数が長く傾向があり、a軸とb軸の格子定数ではアルカン炭素数の偶奇性が確認された。
 図1にn = 5誘導体における銅水酸化物部位の原子配列を示す。Cu(II)(S = 1/2)(●)は2個、1個、2個・・・と交互に配置し、銅イオン間は水酸化物イオン、水分子あるいはプロピオン酸イオンによって架橋され、ダイヤモンド鎖型の磁気ネットワークが実現していた。いずれの生成物n = 6 – 10 ((3) – (7))誘導体も構造解析の結果、n = 5 (2) の他、これまでに発見されたダイヤモンド鎖化合物と類似の磁気ネットワークを有することがわかった。
 今後、これらの化合物の磁気測定等を行い、丁寧に物性評価を行う予定である。

4.その他・特記事項(Others)
 なし。

5.論文・学会発表(Publication/Presentation)
(1) T. Nakane, S. Aoyagi, W. Fujita: Magnetic and Thermal Studies of a Coordination Polymer: Bis(glycolato)nickel(II). New J. Chem. 44, 10519-10524(2020).
(2) T. Isono, Y. Machida, W. Fujita: Low-Temperature Magnetism in a Triangular-Lattice Antiferromagnet, Cu3(OH)4(HCO2)2, Studied by Calorimetry. J. Phys. Soc. Jpn. 89, 073707/1-5(2020).
(3) M. Sakabe, A. Ooizumi, W. Fujita, S. Aoyagi, S. Sato: Synthesis and Molecular Structure of Pseudo-hexacoordinated Pnictines Bearing 2-Phenylpyridine Ligands. Eur. J. Inorg. Chem. 4373-4379 (2020).

6.関連特許(Patent)
 該当なし。

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