利用報告書

高分子薄膜の相分離構造に及ぼす溶媒揮発速度の効果
藤井義久
三重大学大学院工学研究科

課題番号 :S-16-KU-0048
利用形態 :機器利用
利用課題名(日本語) :高分子薄膜の相分離構造に及ぼす溶媒揮発速度の効果
Program Title (English) :Effect of Solvent Volatilization Rate on the Phase-Separated Structure of  Polymer Thin Films
利用者名(日本語) :藤井義久
Username (English) :Y. Fujii
所属名(日本語) :三重大学大学院工学研究科
Affiliation (English) :Mie University

1.概要(Summary )
高分子/良溶媒/非溶媒の3成分系における相分離現象の歴史は古く、高分子溶液の再沈殿からLoeb-Sourirajan法による非対称分離膜の作製といった基礎研究から産業まで広く利用されている。しかしながら、材料の薄膜化・多層積層化が進んでいる現在においても、ナノメートルオーダーの薄膜における相分離のサイエンスについては未だ解明されていない部分が多い。そのため、薄膜における相分離現象の基礎的な研究が進めば、相分離科学についての知見の蓄積により、それを応用した材料開発も飛躍的に促進することが期待される。
本研究では、薄膜作製技術としてよく知られているスピンコート法に着目し、(ポリスチレン(PS)/テトラヒドロフラン(THF)/水)の3成分系の成膜過程でおこる相分離を利用し作製される高分子薄膜の多孔構造の理解と制御を目指す。今回の「分子・物質合成プラットフォーム」利用においては、良溶媒の揮発速度(∝スピンコート回転数)が膜表面の多孔構造に与える影響について検討した。

2.実験(Experimental)
試料として重量平均分子量99kの単分散ポリスチレン(PS)を用いた。スピンコート溶媒には、PSの非溶媒である水と混和性のあるテトラヒドロフラン(THF、PSの良溶媒)を選択した。PS薄膜は2 wt%のTHF溶液から、90℃のピラニア溶液で洗浄した親水性シリコン基板上に種々の回転数(1000, 3000, 5000 rpm)で作製した。
PS薄膜の表面形態は、環境制御型多機能走査プローブ顕微鏡(エスアイアイ・ナノテクノロジー社製、E-sweep with SPI3800N controller)を用いて評価した。測定は、バネ定数1.8 N/mのカンチレバーを用いて、ダイナミック・フォース・モード(DFM:Dynamic Force Mode)で行った。

3.結果と考察(Results and Discussion)
図1は、原子間力顕微鏡(AFM)観察に基づき評価したPS薄膜の表面形態の溶媒揮発速度依存性である。大気中の水が相分離構造に及ぼす効果を議論するために、いずれの膜も相対湿度50%、温度25℃の条件で調製した。その結果、膜表面には無数の細孔(あるは窪み)が観測された。また、それら膜表面に形成している細孔サイズは溶媒の揮発速度(スピンコート回転数)の上昇に伴い減少した。膜表面の細孔構造は、成膜時の相対湿度が高いときに観測されることが多かったことから、高分子に対して非溶媒である大気中の水と溶媒との混合により、(PS/THF/水)の3成分系で液-液相分離が起きていると推察される。
図2は、3成分の液-液相分離において膜表面における細孔が形成される過程のイメージ図である。PS溶液をシリコン基板上に滴下すると、水と混和性を有するTHFは大気中の水を吸収し、(PS/THF/水)の3成分系を形成する。また、THFと水の蒸気圧(20℃においてTHF:18.9 kPa, 水: 2.3kPa)の差から、スピンコート過程でTHFが先に揮発し、膜中には非溶媒である水が濃縮することが予想される。このように、濃縮した水にTHFが溶解することで相分離が進行すると考えられる。
現在、種々の相対湿度および溶媒の蒸発速度において、膜表面に観測された細孔のサイズと単位面積あたりの専有面積の詳細な検討を行っている。AFMによる表面形態の詳細な観察は次年度に実施させて頂く予定であるが、得られている結果を踏まえると、いずれの場合も上述した水が高分子溶液へ含浸することで起きる3成分系での液-液相分離で説明できるであろう。したがって、高分子スピンコート膜において、(PS/THF/水)3成分系の液-液相分離に起因した表面の細孔構造は、相対湿度と溶媒の揮発速度に依存すると結論できる。
4.その他・特記事項(Others)
なし。

5.論文・学会発表(Publication/Presentation)
なし。

6.関連特許(Patent)
なし。

©2025 Molecule and Material Synthesis Platform All rights reserved.