利用報告書
課題番号 :S-20-NU-0045
利用形態 :技術代行
利用課題名(日本語) :高機能を有する無機フィラー/高分子系ナノコンポジットの新規調製法の開発と
力学特性評価および解析
Program Title (English) :Development of Novel Fabrication Methods and Evaluation Analyses of
Mechanical Properties of Inorganic Filler/Polymer Nanocomposites with High Functionality
利用者名(日本語) :棚橋 満1), 村瀬 樹2), 北出 丈1)
Username (English) :M. Tanahashi1), T. Murase2), J. Kitade1)
所属名(日本語) :1) 富山県立大学工学部, 2) 富山県立大学大学院工学研究科
Affiliation (English) :1) Faculty of Engineering, Toyama Prefectural University,
2) Graduate School of Engineering, Toyama Prefectural University
1.概要(Summary )
利用者らは、ポリマーの力学特性向上を目指した材料開発として、親水性表面を有する無機ナノ粒子をフィラーとしてポリマー中へ高分散させたポリマー系コンポジットの簡易調製法の開発および特性評価に関する基礎研究に取り組んでいる[1-6]。この基礎研究の最近の成果として、自動車等のモビリティ用軽量構造材料の用途で用いられることが多い安価な汎用プラスチックであるポリプロピレン(PP)を対象とし、平均一次粒子径約60 nmの親水性コロイダルシリカを,カーボンブラック(CB)表面に静電吸着させた複合フィラーとのコンポジットに関する興味深い知見が得られた。具体的には、親水性ナノシリカのみをフィラーとして用いた場合には困難とされる高分散が、複合フィラーを用いた場合に実現可能となることを明らかにするとともに、複合フィラーを構成するシリカの担持CB粒子を選択することで、高強度・高弾性率の引張特性や強度と耐衝撃性を両立した力学特性を発現するPPコンポジットをつくり分けられる可能性を示唆する結果が得られた[7]。また、このコンポジット系のフィラーとして用いたシリカとCBの分散により、母相として形成されるPP球晶組織が影響を受け、この影響が結果としてコンポジットの力学特性に反映される可能性が高いことも分かってきた[8]。
そこで本課題では、このシリカとCBの複合フィラーの分散が母材組織の最小構成単位であり、コンポジットとしての力学特性を決定する一要因となるPP球晶組織として形成される結晶構造に及ぼす影響を解明すべく、その第一歩として、この複合フィラー/PP系コンポジットのPP結晶構造評価を目的とした広角X線回折(Wide Angle X-ray Diffraction:WAXD)測定に取り組んだ。
2.実験(Experimental)
本課題で対象とするコンポジットの調製に用いる複合フィラーについては、この複合フィラーを構成するシリカナノ粒子として平均一次粒子径およそ60 nmの球状コロイダルシリカゾルを、シリカの担持CB粒子としてストラクチャー発達度が大きく異なる2種類のCB(平均粒子径およそ50 nmのCB一次粒子が不規則な鎖状に枝分かれして連なった高ストラクチャー型CBまたは低ストラクチャーの平均一次粒子径およそ80 nmの単球型CB)いずれかの乾燥粉末を用いた。超音波撹拌と自公転式遊星撹拌により、いずれかのCB乾燥粉末を純水中に強制分散させたスラリーを所定量のシリカゾルと混合した。この混合液のpH制御によりシリカ表面を負帯電に、CB表面を正帯電となるよう電荷調整してシリカとCBの両粒子を静電吸着させ、液中でCBにシリカを担持させた粒子複合体を形成させた。この液を加熱により濃縮乾燥して複合フィラー乾燥粉末した。本稿では、高ストラクチャー型CBをHSCB(High Structure CB)、低ストラクチャーの単球型CBをLSCB(Low Structure CB)、それぞれのCBとシリカの複合フィラーをシリカ@HSCBもしくはシリカ@LSCB複合フィラーと称する。なお、複合フィラーのシリカとCBの構成比率は一次粒子個数換算で1:1となるよう調製した。準備した複合フィラー乾燥粉末をコンポジットに対する体積配合率として2.5 vol%となるよう秤量し溶融PPと混練することで、(シリカ@HSCB)/PP系もしくは(シリカ@LSCB)/PPコンポジットを調製した。混練は、2軸スクリュー小型混練機を用い、混練機設定温度180 ~ 200 ℃、スクリュー回転速度200 rpm、混練時間10 minの条件下で実施した。
このような手順を経て混練機から200 ℃に加熱された状態で取り出されたコンポジット溶融混練物を射出圧力1.6 MPa、金型温度40 ℃の条件でASTM D638規格Type-1準拠ダンベル形試験片として射出成形した各コンポジットサンプルの一部を、WAXD測定に供した。測定には、光学アタッチメント・カスタマイズX線回折(X-ray Diffraction:XRD)装置[㈱リガク製FR-E]を用い、各供試材に対して波長λ = 0.154 nmのX線を10分間照射し、平板型イメージングプレート[㈱リガク製R-AXIS IV]にて回折像を検出した。測定条件をTable 1にまとめて示す。
Table 1 Conditions of WAXD measurements of PP composites fabricated with various fillers in the present study.
Wavelength of X-ray beam | Cu-Kα (λ = 0.154 nm) |
Collimator | 0.3 mm f |
Output | 45 KV – 45mA |
Camera length | 165 mm |
X-ray irradiation time | 10 min |
Beam stopper | 1.6 mm f |
3.結果と考察(Results and Discussion)
本課題にて得られたWAXD測定例として、シリカとCBを一次粒子個数換算で1:1の割合で構成される複合フィラーを配合率2.5 vol%となる条件で調製された(シリカ@HSCB)/PP系ならびに(シリカ@LSCB)/PP系コンポジットの場合の2次元回折像としてFigure 1に、これらの回折像の赤道方向の回折強度を回折角度2θとの関係と
Figure 1 Typical Examples of 2D-WAXD patterns of (a) neat PP, (b) silica/PP, (c) (silica@HSCB)/PP and (d) Figure 2 Typical examples of WAXD line profiles of (a) neat PP, (b) silica/PP, (c) (silica@HSCB)/PP and (d) (silica@LSCB)/PP composites.
してプロファイル変換した結果をFigure 2に示す。なお、これら両図には、一次粒子径およそ60 nmの親水性球状コロイダルシリカをCBと事前複合化せずに単味フィラーとして用い、体積配合率1.25 vol%の条件で同一混練操作にて調製したPP系コンポジットならびにフィラー無添加のNeat PPの結果についても、比較データとして示されている。
Figure 1の結果より、いずれの供試材に対する2次元回折像もスポット性が著しく劣る同心円状の連続的なデバイリングが観測されており、シリカフィラーならびにシリカとCBの複合フィラーとの複合化の有無によらず、PP球晶組織の配向性は極めて弱く、おおむね無配向の状態のPP母相であることが分かった。
Figure 2の結果に基づき、コンポジット母相としてのPP球晶組織を形成する結晶構造に及ぼす分散フィラーの影響を検討する。たとえば、アイソタクチックPP(iPP)の場合、結晶化の条件に応じて、Figure 3 (a)~(c)にそれぞれ示されるα型(単斜晶)[9-11]、β型(六方晶)[11,12]、γ型(三斜晶)[11,13]、および結晶が乱れた状態のスメクチックの4種類の結晶多形が存在する。iPPは特殊な条件下での結晶化を除き、通常、Figure 3 (a)で示されるα型の結晶、すなわち、単位格子のab面内で右巻きおよび左巻きの31らせん構造(らせんピッチ0.650 nm)のiPPの31らせん分子鎖がb軸方向
Figure 3 Schematic illustrations of unit cells of typical crystalline structures of iPP [9-12].
に交互に配列された単斜晶となる[9-11]。
Figure 2のWAXDプロファイルに表れたピークの帰属結果より、本課題でのコンポジット調製条件(混練条件)下では、PP球晶組織は通常の単斜晶α型構造であり、シリカフィラーならびにシリカとCBの複合フィラー添加によってはPP母相として形成された球晶組織の構造変化は認められなかった。なお、α型単斜晶の単位格子の(100)面上への投影図としてiPPらせん分子鎖1ピッチ分を表現した場合、分子鎖はFigure 3(a)のように側鎖メチル基が結合炭素原子の下に位置する向き(dw)、もしくはこれとは逆に側鎖メチル基が結合炭素原子の上に位置する向き(up)の2通りの配列をとり得るが、単位格子内に配列するiPP分子鎖のdwとupの向きの秩序性の違いでα1型(準安定相)とα2型(最安定相)の2種類がα型単斜晶として存在することが明らかにされている[10]。前者は、dwとupの向きが無秩序に配置された構造であるのに対し、後者はこの配置に規則性があり、b軸の格子定数が前者の場合と比べてわずかに小さい構造である。なおFigure 2に示されたいずれの結果も2θ = 31.6 °付近に現れるα2型
iPP単斜晶特有でα1型では表れることがない面お
よび 面に対応する回折ピーク[14]は検出されなかった
ため、本課題で対象としたコンポジットのPP母相としてはα1型構造のみの球晶組織が形成されたものと考えられる[1]。コンポジットとしての力学特性の向上に影響を及ぼすPP球晶組織の構造に関する知見として、特殊な核剤の存在下で形成可能であるとされる[18-20]六方晶β型の存在割合が多い場合に伸び特性や耐衝撃性に優れていると報告されている[21-26]。しかしながら、少なくとも本課題で対象としたフィラーの分散によっては、コンポジットとしての力学特性に影響を及ぼす可能性が高いβ型へのPP母相球晶組織の構造変化は起こらないことが分かった。
最後に、Figure 2の結果から、対象としたコンポジットの母材を形成するPP球晶の高次構造の寸法について検討すべく結晶子サイズの評価を試みた。結晶子とは球晶の中で単結晶と見なすことができる最小単位であり、Scherrer[27]が報告したこの最小単位の大きさとWAXD回折ピークの広がりの関係式から導かれた次式(1) [27,28]を用いることにより、結晶子サイズが評価可能となる。
Dhkl = 0.9 λ / β1/2,hkl cos θhkl (1)
ここで、Dhklは注目する結晶格子面(hkl)に垂直方向の厚さとして定義される結晶子サイズ(nm)、λはX線の波長(= 0.154 nm)、β1/2,hkl(rad)とθhkl(rad)はそれぞれ(hkl)面に対応する回折ピークの半値幅とこのピーク位置に相当するBragg角(回折角2θの2分の1)である。Neat PPならびに各種コンポジットのWAXD測定(Figure 2)において最も強い回折が観測された単斜晶(α1型)格子の(110)面に対応する結晶子サイズD110を算出したところ、次頁のFigure 4の結果となった。PP球晶の結晶子は、シリカ@HSCBおよびシリカ@LCSB複合フィラーのいずれを分散させた場合でも同程度のサイズダウンが認められ、これらの複合フィラーの分散が、コンポジットの母相として球晶組織を構成するナノオーダーのPP高次構造形成段階においても影響を及ぼすことが明らかとなった。利用者らは、
Figure 4 Crystallite size in direction perpendicular to (110) plane in crystal lattice of PP spherulite formed as matrix phase in each neat PP, silica/PP, (silica@HSCB)/PP or (silica@LSCB)/PP composites.
親水性シリカナノフィラーが分散したPP系コンポジットにおいて、シリカフィラーがPP母相の球晶組織が微細化すること、さらに、このPP母相組織の微細化により、コンポジットとしての力学特性が向上する可能性を示唆する知見が得られたことを報告している[29]。この先行研究では、フィラー分散による母相の巨視的組織であり、多結晶の放射状集合体であるPP球晶の寸法変化を論じてきたが、本課題により、複合フィラーの分散により引き起こされるPP球晶を構成する最小結晶単位であるナノオーダーの微視的高次組織の寸法変化もコンポジットの力学特性に影響を及ぼす可能性が示唆された。
4.その他・特記事項(Others)
参考文献
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謝辞
本課題は、文部科学省ナノテクノロジー・プラットフォーム事業として名古屋大学分子・物質合成プラットフォームの支援を受けて実施された。WAXD測定においては、名古屋大学 全学技術センター 分析・物質技術支援室 日影達夫 技師にご協力いただいた。ここに記して謝意を表す。
5.論文・学会発表(Publication/Presentation)
(1) 村瀬樹, 棚橋満, 第67回高分子研究発表会(神戸), 令和3年7月9日, 発表予定.
6.関連特許(Patent)
なし
[1] Figure 2のプロファイルによると、分散フィラーと複合化されたPP母相においては、Neat PPでは検出されなかった(117)面に帰属されるγ型構造特有の回折ピーク[15]がわずかに認められる。一般的に知られているγ型構造の形成条件[16,17]を考慮すれば、融解状態のPP中に存在した低分子量のPP分子鎖の結晶化によってもたらされた可能性が高いが、α型構造に帰属される回折ピークと比べると回折強度が極めて低い状態でしか検出されていない。したがって、本課題においては、結晶化後のPP母相の力学特性への影響は考慮する必要はないと判断した。