利用報告書

NMR装置を用いたタンパク質複合体および複合糖質の構造解析
矢木 宏和1), 佐藤 匡史1)
1) 名古屋市立大学大学院薬学研究科

課題番号 :S-15-MS-1008
利用形態 :機器利用
利用課題名(日本語) :NMR装置を用いたタンパク質複合体および複合糖質の構造解析
Program Title (English) :Structural analyses of protein complexes and glycoconjugates by use of NMR spectroscopy
利用者名(日本語) :矢木 宏和1), 佐藤 匡史1)
Username (English) :H. Yagi1), T. Satoh1)
所属名(日本語) :1) 名古屋市立大学大学院薬学研究科
Affiliation (English) :1) Nagoya City University

1.概要(Summary )
近年のNMR構造生物学の進展によって、低分子量の単純球状タンパク質の立体構造決定は、比較的容易に行うことが可能となってきている。このため、従来の構造生物学の研究手法では取り扱うことが困難な多ドメインタンパク質、糖タンパク質、天然変性タンパク質などを対象に、コンフォメーション・ダイナミクス・相互作用に関する情報を提供することが超高磁場NMR分光法の役割として期待されている。本研究では、多ドメインタンパク質である小胞体のフォールディング補助酵素プロテインジスルフィドイソメラーゼ(PDI)および小胞体分子シャペロンに認識されるモノグルコシル化糖鎖およびに着目し、超高磁場NMR解析を行った。

2.実験(Experimental)
NMR測定は日本電子㈱製JNM-ECA920およびBruker製Avance-800を用いて行った。

3.結果と考察(Results and Discussion)
I. NMR解析のための13C標識したモノグルコシル化糖鎖の調製法の開発
 新生糖タンパク質の小胞体における立体構造を形成する過程、固有の立体構造獲得後にゴルジ体へと移る過程、さらには不要となったタンパク質が分解へと導かれる過程には、刻々と化学構造を変える糖鎖が分子シャペロンや積荷輸送体などのタンパク質に認識される目印となっている。これまでに我々は、こうしたタンパク質の運命決定子としての糖鎖を対象として、NMRと分子動力学シミュレーションを組み合わせた糖鎖の構造情報を得る方法を開発してきた(Angew. Chem. Int. Ed. 53, 2014, 10941-10944)。
本研究では、分子シャペロンに認識される糖鎖であるモノグルコシル化糖鎖(GM9:グルコース1残基、マンノース9残基、N-アセチルグルコサミン2残基から構成される糖鎖)に対して、NMRによる構造情報の取得を試みるために、本糖鎖を安定導体標識体として作出する方法の開発に取り組んだ。
 遺伝子工学的にM9糖鎖(マンノース9残基、N-アセチルグルコサミン2残基から構成される糖鎖)のみを発現するように変異を組み込んだ酵母から糖タンパク質を調製し、UDP-グルコース糖タンパク質グルコース転移酵素(UGGT)を用いた in vitro酵素反応を行うことで、GM9糖鎖を合成した。その際に糖供与体として [13C6]Glcから有機合成的に調製したUDP-[13C6]Glcを利用することで、本糖鎖非還元末端のGlc残基に安定導体標識を行うことが可能となった(図1)。本研究の成果により、NMRを利用したGM9糖鎖の構造情報を抽出する基盤が整った。
図1:安定同位体標識化モノグルコシル化糖鎖の調製法の
スキーム図。

II.  PDIの酸化状態及び還元常態における構造変化
細胞の中には、フォールディングや分子集合を媒介するシャペロンが多数存在している。PDIは、小胞体で合成されたタンパク質のジスルフィド結合の導入と誤ったジスルフィド結合をかけ直す反応を触媒する働きを有している。PDIは、a,b,b’,a’という4つのチオレドキシン様ドメインからなるマルチドメインタンパク質である。このうち主要な基質認識部位は、b’ a’ドメインであることを我々は明らかにしている。さらに、NMRおよびX線小角散乱解析により、活性部位のジスルフィド結合の形成と解裂に連動してb’a’基質結合ドメイン間の距離が変化し、酸化状態ではドメイン界面に位置している疎水性残基に富む基質結合部位の露出度がより増大していることを明らかにしてきた(J. Mol. Biol. 396, 2010, 361-374)。しかしながら、活性部位の酸化還元というミクロ環境の変化がドメインの配向変化というマクロ環境の変化を引き起こす仕組みは不明であった。そこで本研究では、PDIの活性部位を含むa’ドメインに着目し、酸化状態及び還元常態における構造変化をNMRによって明らかにすることを試みた。

図2:NMR法によるPDIのa’ドメインの 酸化依存的な構造変化の観測。(A)PDIのa’ドメインの酸化状態(青)および還元常態(赤)の1H-15N HSQCスペクトル。(B)酸化還元に伴うNMRの化学シフトの変化。
 
NMR解析の結果PDIのa’ドメインは酸化還元に伴い、活性部位だけではなく、広範囲に構造変化が誘起されていることが予想された(図2)。そこで、各種多次元NMRを測定することにより、PDI a’ドメインの酸化型および還元型の溶液構造を明らかにすることに成功した(図3)。

図3: NMR法にて決定したPDI a’ドメインの酸化状態および還元状態の溶液構造の比較。(A)酸化状態および(B)還元状態のa’ドメインの各10種類の構造の主鎖の重ね合わせ

興味深いことに、酸化状態に伴う構造変化はa’ドメインの活性部位近傍だけではなく、b’とa’とのドメイン界面に位置する残基にも及んでいた。
 以上本研究を通じて、触媒a’ドメインの活性部位のジスルフィド結合の形成または開裂という構造変化が、活性部位周辺のみならずドメイン間相互作用に関与する領域の立体構造に摂動を与えることを見出した。触媒ドメイン内のこうした構造変化が、PDIの基質結合ドメインの相対配置の制御において重要な役割を果たす可能性があると考えられる。

4.その他・特記事項(Others)
本研究の成果は、加藤晃一博士(岡崎統合バイオサイエンスセンター/分子科学研究所)の研究グループらとの共同研究により得られたものです。

5.論文・学会発表(Publication/Presentation)
(1) K. Inagaki, T. Satoh, M. Yagi-Utsumi, A.C. Le Gulluche, T. Anzai, Y. Uekusa, Y. Kamiya, and K.Kato
FEBS Lett. Vol. 589 (2015) p.p.2690-2694.
(2) T. Zhu, T. Yamaguchi, T. Satoh, and K. Kato Chem. Lett. Vol. 44 (2015) p.p.1744-1746.

6.関連特許(Patent)
「なし」

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