利用報告書
課題番号 :S-16-MS-0011
利用形態 :協力研究
利用課題名(日本語) :NMR装置を用いたタンパク質複合体および複合糖質の構造解析
Program Title (English) :Structural analyses of protein complexes and glycoconjugates by use of NMR spectroscopy
利用者名(日本語) :矢木 宏和1), 佐藤 匡史1)
Username (English) :H. Yagi1), T. Satoh1)
所属名(日本語) :1) 名古屋市立大学大学院薬学研究科
Affiliation (English) :1) Nagoya City University
1.概要(Summary )
近年のNMR構造生物学の進展によって、低分子量の単純球状タンパク質の立体構造決定は、比較的容易に行うことが可能となってきている。このため、従来の構造生物学の研究手法では取り扱うことが困難な多ドメインタンパク質、糖タンパク質、天然変性タンパク質などを対象に、コンフォメーション・ダイナミクス・相互作用に関する情報を提供することが超高磁場NMR分光法の役割として期待されている。こうした状況の中これまでに我々は本ナノプラットフォーム事業を通じて、常磁性ランタニドイオンを糖鎖に導入してその立体構造に関する情報を得る一方、糖鎖のコンフォメーション空間を分子動力学(MD)計算で探索し、両者の結果を照合することによって糖鎖の3次元構造アンサンブルを正しく記述する方法を開発してきた。本研究ではこれまで蓄積してきた解析技術を応用し、小胞体中において分子シャペロンによる認識標的となるGM9糖鎖を対処として動的構造解析を行った。
2.実験(Experimental)
NMR測定は日本電子㈱製JNM-ECA920およびBruker製Avance-800を用いて行った。
3.結果と考察(Results and Discussion)
NMR計測に供するためのGM9糖鎖を安定同位体標識体として調製するため、M9糖鎖形成以降の生合成経路を遮断するように多重遺伝子変異を施した酵母変異体を用いて、これを[13C6]グルコース存在下で培養して13C標識M9糖鎖のみで修飾された酵母タンパク質混合物を得た。このタンパク質混合物と化学的に合成したUDP-[13C6]グルコースを用いてUGGTが触媒する試験管内グルコース転移反応を行い、13C標識GM9糖鎖を調製した。こうして得られたGM9糖鎖の還元末端に常磁性プローブを導入してNMR計測を行うことで糖鎖の立体構造を反映する擬コンタクトシフト(PCS)を観測することに成功した(図1A)。
図1:GM9糖鎖の動的3次元構造解析。
(A)GM9糖鎖の1H-13C HSQCスペクトル。13C標識したGM9糖鎖に対して還元末端タグを介してLa3+およびTm3+を配位させたスペクトルをそれぞれ青および赤で示す。(B)レプリカ交換MD計算により得られたGM9糖鎖の構造アンサンブル。レプリカ交換MDによって得られた各コンフォーマー(260個)を還元末端GlcNAc残基で重ね合した。GlcおよびGlcNAcを青、Manを緑で示した。(C)GM9 糖鎖の実験的に得られたPCS値とMD計算から得たPCS値の相関。GM9糖鎖の全ての残基に由来する31個のCHグループについてPCS値を解析に用いた。
一方、本糖鎖について、レプリカ交換法を用いたMD計算を実施し、そのコンフォメーション空間を探索した(図1B)。NMR測定から得られる実験の結果とMD計算の結果を比較したところ、64レプリカ48ナノ秒にわたるレプリカ交換MD計算を行って得られた構造アンサンブルが観測されたPCS値を良好に再現することが明らかになった(図1C)。こうしてNMRデータに基づいて検証されたMD計算によって溶液中のGM9糖鎖の3次元構造の動態を記述することができた。
図2:レクチンへの結合状態のコンフォマーと遊離糖鎖の構造分布との比較
(A)GM9糖鎖とカルレティキュリンの相互作用。GM9糖鎖のレプリカ交換MD計算から得られたGlc1Man3の4糖部分のグリコシド結合について2面角分布を示す。結晶構造中(PDB code: 3o0w)でカルレティキュリンと複合体を形成しているGlc1Man3の4糖残基間のグリコシド結合の2面角を (●)で示した。(B)M9 糖鎖とVIP36の相互作用。M9糖鎖のレプリカ交換MDから得られたMan3の3 糖間グリコシド結合2面角分布を示す(Angew. Chem. Int. Ed. 53, 10941-10944: 2014)。結晶構造中[PDB code: 2dur (ManD1-ManC), 2e6v (ManC-Man4)]のVIP36と複合体を形成しているMan3の3糖残基間グリコシド結合2 面角を (●)で示した。
これまでに、GM9の非還元末端4糖からなる部分糖鎖(Glc1Man3)と分子シャペロンカルレティキュリン(CRT)との複合体の結晶構造が報告されている。この部分についてCRT結合状態の結晶構造と本研究で得られた水溶液中の構造アンサンブルを比較したところ、ManD1-ManC のグリコシド結合に関するコンフォメーションは、遊離状態のコンフォメーション空間にはほとんど見出せない構造を形成していることが判明した(図2A)。すなわち、CRTは糖鎖の構造変化を伴う誘導適合によってGM9糖鎖の認識を行っていることが明らかになった。一方、糖タンパク質の小胞体-ゴルジ体間の細胞内輸送に関与するレクチンVIP36とM9糖鎖の相互作用においてはCRTの場合とは状況が異なっており、VIP36との複合体の結晶中で見られた糖鎖非還元末端のコンフォメーションは遊離のM9糖鎖の構造アンサンブルの中に見出すことができた(図2B)。すなわち、VIP36は標的糖鎖の取りうる多様なコンフォメーションの中から特定の構造を選択してそれと結合しているものと考えられる。
これらの結果を踏まえると、細胞内レクチンはタンパク質の運命決定基を含む糖鎖を誘導適合と配座選択の仕組みを使い分けて認識していることが明らかになった。
4.その他・特記事項(Others)
本研究の成果は、加藤晃一博士(岡崎統合バイオサイエンスセンター/分子科学研究所)の研究グループらとの共同研究により得られたものです
5.論文・学会発表(Publication/Presentation)
(1) T.Suzuki M. Kajino, S. Yanaka, T. Zhu, H. Yagi, T. Satoh, T.Yamaguchi, and K. Kato,ChemBioChem, Vol.18 (2017) p.p.396-401.
6.関連特許(Patent)
「なし」







