利用報告書
課題番号 :S-20-MS-1047
利用形態 :施設利用
利用課題名(日本語) :SQUIDならびにESRを用いたMAu24クラスターの電子スピン分布研究
Program Title (English) :Electron spin distribution study of MAu24 cluster using SQUID and ESR
利用者名(日本語) :中村敏和1), 高野慎二郎2)
Username (English) :T. Nakamura1), S. Takano2)
所属名(日本語) :1) 分子科学研究所, 2) 東京大学大学院理学研究科
Affiliation (English) :1) Institute for Molecular Science, 2) Grad. Sch. Sci., Univ Tokyo
1.概要(Summary )
Auクラスターは触媒など電子状態が特異で活性状態にある事が知られている.幾つかの Auクラスターの基底状態は常磁性である事が示唆されており,詳細な ESR 測定によりクラスター上のスピン分布を解析することが可能になる.原子精度で合成可能なチオラート(RS–)保護Au25クラスターを例に取ると,その幾何構造は正二十面体Au13コアを6つのAu2(SR)3のオリゴマー錯体が表面を保護しており,金原子の6s価電子はAu13コアに非局在化する.通常,安定なAu25クラスターは8つの価電子を持ち閉殻構造をとるが,1電子酸化することで常磁性種となる.また,Au13コアの中心一原子をPdやPtに置き換えると,価電子数が一つ低下し,同様の常磁性種を単離することができる.
本研究ではこれらのクラスターに対し,SQUIDを利用した静磁化率測定と,凍結溶液での極低温X band ESR測定を行い,磁気測定からその電子構造に対する詳細な情報を得ることを目的とした.測定対象はPd@Au12コアを持つ[PdAu24(SR)18]–クラスター (M = Pd)とそのPd@Au12コアが二量化した構造を持つPd2Au36(SR)24クラスターである.ESR 吸収線の解析によって得られるg値はラジカル種の波動関数の 対称性を反映しており,スピンの起源に迫ることが出来る.超微細結合定数は特定の核種(例えば Pd)上で電子スピン密度を選択的に知ることが出来る.これらの情報から金属コアにどのようにスピンが分布するのか議論する.
2.実験(Experimental)
[PdAu24(PET)18]–(TOA+) (PET = フェニルエタンチオラート; TOA = テトラオクチルアンモニウム)は中性[PdAu24(PET)18]クラスターをNaBH4で還元し,結晶化によって精製した.Pd2Au36(PET)24は[PdAu24(PET)18]–と[HPdAu8(PPh3)8]+クラスターを混合し,二量化させることによって得た.その分子構造は単結晶X線回折によって決定し,想定通りの構造をとっていることを確認した.
ESR測定は分子科学研究所機器センター保有のBruker E500分光器を用い,凍結溶液試料に対して行った.SQUID測定は,分子科学研究所機器センター保有のQuantum Design MPMS-7ならびに MPMS-XL7を用いている.液体ヘリウムは分子科学研究所機器センターから供給・支援されている
3.結果と考察(Results and Discussion)
まず単量体である[PdAu24(SR)18]–のジクロロメタン凍結溶液のX-band ESRを5Kで測定したところ,ブロードな吸収線が観測された.このブロードニングは純金クラスターでも見える現象であり,常磁性種がPdAu24クラスターであることを示唆している.一方,そのブロードさのせいで,明らかな超微細分裂の存在は確認できなかった.そのg値をフィッティングによって推定したところ,g(1, 2, 3) = (2.470, 2.338, 1.837)という値が得られた.この値を以前の研究で得ていたPtAu24クラスターのgテンソル(g(1, 2, 3) = (2.572, 2.366, 1.749))と比較すると,その値は全体的にg = 2の値に近づいていた.この結果は中心金属を第5周期のPtから第4周期のPdに置き換えることで,スピン軌道相互作用が低下しg値の異方性が小さくなったことを考えると定性的に説明ができる.すなわち,超微細分裂の実測による異種原子上のスピン密度の定量化は難しかったものの,異種原子のスピン密度がクラスターのフロンティア軌道に強く影響を与えていることを間接的に証明できた.
このPd@Au12コアは原子と似た電子構造を持ち,形式的には酸素原子の等価体とみなせる.この酸素様Pd@Au12コアが二量化すると常磁性種である酸素分子の様な三重項状態を取るのではないかと考え,実際にその様なPd2Au21コアを持つPd2Au36(PET)24クラスター粉末の静磁化率測定を行った.結果としては常磁性的な振る舞いは全く観測されず反磁性状態にあることがわかった.その幾何構造を詳細に調べたところ,構造が低対称化しており,酸素分子であれば縮退しているはずのπ*軌道が分裂することで閉殻電子構造となったことがわかった.これは通常の二原子分子では起き得ないJahn-Teller効果が,内部自由度のあるクラスターでは起きることを示しており非常に興味深い結果といえる.
4.その他・特記事項(Others)
なし
5.論文・学会発表(Publication/Presentation)
(1) E. Ito, S. Takano, T. Nakamura, and T. Tsukuda, Angew. Chem. Int. Ed., Vol. 60(2021)p.p. 645–649.
(2) H. Hirai, S. Takano, T. Nakamura, and T. Tsukuda, Inorg. Chem., Vol. 59(2020)p.p. 17889–17895.
6.関連特許(Patent)
なし