利用報告書
課題番号 :S-20-NR-0027
利用形態 :共同研究
利用課題名(日本語) :n/p型化学ドープ処理を施したカーボンナノチューブ紡績糸の構造評価
Program Title (English) :Structural analysis of n/p-doped carbon nanotube yarns
利用者名(日本語) :井上寛隆1), 林靖彦1),西川亘1), 鈴木弘朗1), 清水洋2)
Username (English) :H. Inoue1), Y. Hayashi1), T. Nishikawa1), H. Suzuki1), Y. Shimizu2)
所属名(日本語) :1) 岡山大学大学院自然科学研究科, 2) 奈良先端科学技術大学院大学物質創成科学領域
Affiliation (English) :1) Graduate School of Natural Science and Technology, Okayama University,
2) Division of Materials Science, Nara Institute of Science and Technology
1.概要(Summary)
温度差によって電力を生み出す熱電発電素子は,低温域の熱エネルギーを効果的に電力へ変換することができることから,次世代のエネルギーハーベスターとして注目されている.工場,自動車,計算機等の排熱や体温など,室温から200℃以下の排熱は我々の身の回りに溢れており,この排熱を漏れなく電力として回収することで,あらゆる場所に設置されるセンサや通信機器の電力問題が解決されIoT社会のさらなる発展に寄与する.「いつでも,どこでも」発電するというユビキタスな利用を可能とするためには,単に発電効率のみを追求するのではなく,軽量性,柔軟性,環境耐性,無毒性,低コスト性,大量生産性を全て満足したハーベスターを実現することが必要となる.
カーボンナノチューブ(CNT)を無数に束ね合わせたCNT紡績糸は,軽量性,柔軟性,高機械強度,高導電性を兼ね備える高機能繊維である[1].このCNT紡績糸は,適切なドーピング材料を用いて処理することで,n型,p型の半導体特性を作り分けることが可能である.縞状ドーピングした1本の長尺線材を布や高分子フィルムなどの柔軟な構造体に縫い込むことによって,超軽量・フレキシブルなπ構造熱電発電素子を製造できる.近年精力的に研究が進められているビスマス-テルルを始めとする無機熱電素子と異なり,CNT紡績糸を用いた熱電発電素子は毒性元素不使用,化学安定性が高いという利点に加え,繊維の連続製造工程中にドーピングプロセス等を組み込み生産効率を高めることができるため,先に挙げたユビキタス熱電発電素子に要求される条件を全て満足する唯一の素材となりうる.
繊維状CNT熱電発電素子の発電効率を向上させるためには,導電率とゼーベック係数(熱起電力)を高く,熱伝導率を低く(温度差維持のため)する必要がある.これらの特性制御はドーピング材料とCNT紡績糸との親和性,複合化で起こる現象を正確に知り,ドーピング材料の化学構造,CNTの結晶構造,およびそれらの相互作用を最適化していく必要がある.
2.実験(Experimental)
本申請課題では,半導体の仕事関数・イオン化ポテンシャルを測定することが可能な「大気中光電子分光装置(AC-3)」,および材料の化学結合状態を測定可能な「多機能走査型X線光電子分光分析装置(XPS)」を利用することによって,CNT紡績糸へのドーピング状態の正確な把握と,ドーピング条件探索による熱電変換効率の向上を目指す.さらに,素材となるCNTの合成プロセスにおいて,成長の核となる触媒金属の化学状態をXPSによって詳細に解明することで,繊維状熱電素子の強度や電気伝導特性の向上に繋げる.これら,合成から熱電発電素子形成過程に至る一貫したプロセスにおいて起こる現象を理解することにより,高効率なユビキタス熱電素子作製技術を確立する.
3.結果と考察(Results and Discussion)
まずCNT紡績糸の光電子分光測定を実施するにあたり,CNT紡績糸を配置する基板の選定を行なった.グラファイトの仕事関数は4.9~5.0 eV程度であり(Fig. 1 (a)),これよりも信号の立ち上がりが高エネルギー側に存在する仕事関数の大きな材料がカーボン材料の基板として適すると考えられる.本研究では,Au,Pt,ETFEの3種の基板を単体で測定し,ETFEが最も仕事関数が大きく,CNT線材設置用の基板として適することを特定した(Fig. 1(b-d)).
Fig. 1 基板材料の光電子分光測定結果
CNT紡績糸のドープ効率および熱電特性を改善することが報告されている通電加熱処理(JH)を施したCNT紡績糸[2]を準備し,AC-3にて仕事関数の測定を実施した.通電加熱処理(3000 K,1 s)前後のCNT紡績糸100本を,ETFE基板上に5 mm幅に並べて設置したものを測定用サンプルとした.Fig. 2に測定で得られた信号を示す.通電加熱前の仕事関数は5.0 eVであったが,通電加熱を施すことによって4.7 eVまで低下しており,通電加熱により有意に違いが現れていることが確認された.従来得られているドープ効率の差に影響を与えている一因であると考えられるが,本年度の研究ではドーピングを施したCNT紡績糸の測定には至らなかった.今後の実験により,通電加熱処理がCNT紡績糸に及ぼす影響を詳細に解明できるものと期待される.
Fig. 2 通電加熱前後CNT紡績糸の
光電子分光測定結果
次に,CNT成長触媒である鉄とガドリニウム(Gd)の混合触媒の特性がCNT構造に及ぼす影響を調査した.特にGdの酸化状態による違いを確認するため,Al2O3/SiO2/Si基板上にGdを蒸着した後,空気雰囲気下で室温,300°C,500°Cの温度でそれぞれ加熱した.300°Cで加熱処理した基板のXPS測定結果をFig. 3に示す.Gd2O3のピークが明確に見られ,十分に酸化されていることを確認した.
Fig. 3 空気中300°C加熱処理後GdのXPS結果
Fig. 4に加熱条件を変化させた際に成長したCNTの直径を示す.加熱温度が上昇し酸化が進むほどCNTの直径が小径化している.接触角を確認したところ,加熱前が52°,500°C加熱後が27°と,加熱に伴う酸化により濡れ性が大きく変化していた.基板との濡れ性が良くなると,触媒粒子の拡散が抑制されるため粒子径が小さく抑えられる可能性がある.これにより,加熱処理を施したサンプルでは,小さな粒子から細径のCNTが成長したと考えられる.細径CNTからなる紡績糸は空隙を減少させ高密度することで,高強度かつ高導電性を発現することが示されている[3].本研究で示したGd酸化による細径化は,より特性の良い熱電発電線材の実現に繋がる成果となる.
Fig. 4 触媒成膜条件とCNT径の関係
4.その他・特記事項(Others)
参考文献
[1] H. Inoue, M. Hada, T. Nakagawa, T. Marui, T. Nishikawa, Y. Yamashita, Y. Inoue, K. Takahashi, Y. Hayashi, “The critical role of the forest morphology for dry drawability of few-walled carbon nanotubes.” Carbon 158, 662–671 (2020).
[2] M. Hada, T. Hasegawa, H. Inoue, M. Takagi, K. Omoto, D. Chujo, S. Iemoto, T. Kuroda, T. Morimoto, T. Hayashi, T. Iijima, T. Tokunaga, N. Ikeda, K. Fujimori, C. Itoh, T. Nishikawa, Y. Yamashita, T. Kiwa, S. Koshihara, S. Maeda, Y. Hayashi, “One-Minute Joule Annealing Enhances the Thermoelectric Properties of Carbon Nanotube Yarns via the Formation of Graphene at the Interface.” ACS Appl. Energy Mater. 2 (10), 7700–7708 (2019).
[3] D. E. Tsentalovich, R. J. Headrick, F. Mirri, J. Hao, N. Behabtu, C. C. Young, et al., “Influence of Carbon Nanotube Characteristics on Macroscopic Fiber Properties.” ACS Appl. Mater. Interfaces 9, 36189–36198 (2017).
謝辞
本研究は,令和2年度分子・物質合成プラットフォーム試行的利用 若手研究者枠の助成を受け実施しました.また,本課題の実施に当たり,奈良先端科学技術大学院大学物質創成科学領域の清水洋 特任教授(責任者),技術専門職員 淺野間文夫様(大気中光電子分光測定),岡島康雄様(走査型X線光電子分光測定)に多大なるご協力を頂きました.
5.論文・学会発表(Publication/Presentation)
(1) 前谷光顕, 井上寛隆, 中川智広, 那須郷平, 鈴木弘朗, 西川亘, 山下善文, 林靖彦, 2020年 第47回 炭素材料学会年会, 2020年12月9日.
(2) M. Kishibuchi, K. Shimogami, H. Inoue, K. Nasu, T. Nakagawa, M. Maetani, Y. Tanaka, Y. Hayashi, H. Suzuki, 2021年 第60回 フラーレン・ナノチューブ・グラフェン総合シンポジウム, 2021年3月3日.
(3) M. Maetani, H. Inoue, T. Nakagawa, K. Nasu, T. Nishikawa, H. Suzuki, Y. Hayashi, 2021年 第60回 フラーレン・ナノチューブ・グラフェン総合シンポジウム, 2021年3月3日.
6.関連特許(Patent)
なし.