ある民間会社が水素化イットリウム(YH2)に関する研究を進めていました。2000年、光について調べていた私に、その物質の光の反射スペクトルの測定を依頼があったのがきっかけです。
携帯電話の表示パネルのバックライトです。有機ELのバックライトを点灯するには、冷陰極管という電子が放出しやすい材料が必要となります。高電圧をかける蛍光灯と同じ原理で、蛍光灯では熱電子が放出されます。低温であるほど電子の放出が効率的ですので、冷陰極管はバッテリーの消費量を抑えられるわけです。
金属は金属光沢という現象で鏡としての機能を持ちます。しかし、金は金色、銀は銀色なのはなぜでしょう。金属に可視光線を当てた時、銀鏡反応が起こって膜が形成されます。鏡の見え方は、横軸波長の光が何%反射しているかで変わります。金属は100%反射し、波長の形はすべて同じです。つまり、反射率を調べれば、金属かどうかの判別が可能です。金は紫近辺の光が反射しませんので金色に見えるわけです。YH2は金属であるにも関わらず、まったく光を反射せず真っ黒に見えます。調べてみると、窒素が極端に少なく、通常の金属の100分の1だったのです。窒素が少ないことで、イットリウムの状態では普通の金属と変わらず、窒素を加えると性質が変わります。その性質をガラスに利用すれば、YH2の状態では光を通し、水素を取り除くと光を反射する、スイッチャブルミラーに応用できます。
はい。水素(H)は、とてもレアアース(R)と反応しやすく、RH2やRH3という化合物を作って安定します。YH2の経験をもとに、私たちはRH2やRH3を人工的に生成する研究を進めています。このことが可能になれば、水素とレアアースの持続的な循環ができ、資源を有効に活用できます。さらに、レアアースと水素が結合することにより、電気、光学、磁気的な性質が劇的に変化しますので、あらゆる特性を持った材料を生み出せるのではないかと期待しています。
私たちはRH2の性質を再度チェックするため、ホール効果という手法を用いました。この効果は現代社会の至る所に使われていて、例えば、冷蔵庫を開けると電気がつき、閉めると消えるのもそうです。ホール効果では、垂直方向には高低差がないため、電流は流れません。ところが、磁場をかけると磁場の向きで電圧が発生します。RH2の実験では、本来測定されるはずの電圧がほとんど検出されなかったのです。イットリウムでは電圧が水素を加えると検出できなくなるのはなぜか。私たちは「電子はマイナスの電荷を持っているが、プラスの電荷を持った粒子が同時に共存している」と仮説を立てました。つまりプラスとマイナスの電子が相殺しているために電圧が測定されないと考えたのです。この場合、電子の量が同じというだけでなく、「動くスピードが同じ」である可能性がありました。それによって、RH2は電子と正孔が電荷以外の性質がほぼ同じだと予測したのです。
さきほどのホール効果は、導体中に電圧を流すと、それと垂直方向に、電子の自転運動(スピン)を運ぶ流れ“スピン流”が発生します。スピン流には電流が伴いますが、磁石でない場合では電流は伴いません。このスピン流を電子回路などに応用して設計・製造する分野を「スピントロニクス」と呼びます。通常、一つの磁石である電子を移動させたとすると、電流とスピン流が移動します。そこで、電流を左右から流すと、スピン流だけが最初の位置にとどまります。この状態だと電流はゼロで、スピン流だけは残ります。つまり、熱を発生させずに情報をスピン流に書き込めることになります。理論的には消費電力はほとんどゼロになり、熱が発生しないことから電子回路をさらに集積できると期待しています。
ナノテクノロジープラットフォームの前身の時代の2008年から大阪大学の設備機器を使わせてもらっています。「ナノ薄膜形成システム(EB蒸着アークプラズマ蒸着)」「RFスパッタ装置」「高温熱処理装置(セラミックス電気管状炉)」「接触式膜厚測定器」は、埼玉大学では所有していません。これらの設備機器は他の大学でも所有していますが、長年の付き合いから依頼測定もスムーズなので助かっています。現在、大阪大学の大島明博特任准教授と共同研究しており、自分たちがその場で生成した物質や数値をすぐに検討できるのは大きなメリットです。一緒に連れて行く学生が最先端の設備機器を扱うことで、人気に陰りが見えるエレクトロニクス分野に興味を持つ学生が増え、今後の日本にとって意義があると思います。
RH2は情報を送ることができる距離が、いろんな物質の中で最も長いのではないかと考えています。長いことは情報を取り出しやすいメリットになります。今後は理論通りの結果が得られるかの検証を進めていきたいです。