分子科学研究所
2012年度 成果事例
【研究目的】
糖鎖は、タンパク質・核酸とならぶ“第3の生命鎖”ともいわれ、細胞間接着やシグナル伝達など細胞間のコミュニケーションを媒介する機能を発揮する一方、ギランバレー症候群における自己抗原や神経変性疾患を誘起する環境場ともなり得る。このような糖鎖が担う様々な機能の発現機構を理解するためには分子科学的アプローチが必要不可欠であるが、糖鎖は内部運動の自由度に富んでいるため、X線結晶構造解析をはじめとする伝統的な構造生物学の方法論を適用することは難しい。一連の共同研究ではこの問題の解決に向け、超高磁場NMR計測を基軸とした、糖鎖の立体構造・ダイナミクス・相互作用の系統的な解析法の開発に取り組んできた。
【成 果】
共同研究を通じて、糖タンパク質の細胞内運命(フォールディング・輸送・分解)の決定に関わる高マンノース型糖鎖を均一な化学構造でしかも安定同位体標識体として大量発現することを可能とする酵母変異体株を樹立した。13C標識した糖鎖を超高磁場NMR計測に供し、原子レベルの構造情報の収集を行った結果、わずかマンノース1残基の除去が、糖鎖の3次元構造の動態に有意な変化を引き起こすことが明らかとなった(図左)。一方、糖脂質を組込んだナノスケールの糖鎖クラスター膜モデルを開発し、パーキンソン病の関連因子であるαシヌクレインとの相互作用の超高磁場NMR解析を行った。その結果、糖鎖構造に依存した相互作用の初期相をNMRで捉えることが可能となり、疾患発症メカニズムの分子基盤解明の糸口がもたらされた (図右)。さらに、ギランバレー症候群患者の血清抗体に高い反応性を示す糖脂質の特異的複合体について超高磁場NMR計測を行うことで、これまで捉えることが困難であった糖鎖間の相互作用を直接観測することに成功した。以上のように、超高磁場NMR計測の活用により、糖鎖が担う生物機能の解明に分子科学のメスを入れる基盤が構築された。