利用報告書

ピコ秒レーザーによる樹脂製引張試験片の低損傷切り出し加工実験
銘苅春隆1), 上田正2), 矢野隆行2)
1) 産業技術総合研究所, 2) 自然科学研究機構分子科学研究所

課題番号 :S-16-MS-1098
利用形態 :機器利用
利用課題名(日本語) :ピコ秒レーザーによる樹脂製引張試験片の低損傷切り出し加工実験
Program Title (English) :Experiments of low-damage cutting off for resin tensile specimens by
a picosecond laser
利用者名(日本語) :銘苅春隆1), 上田正2), 矢野隆行2)
Username (English) :H. Mekaru1), T. Ueda2), T. Yano2)
所属名(日本語) :1) 産業技術総合研究所, 2) 自然科学研究機構分子科学研究所
Affiliation (English) :1) National Institute of Advanced Industrial Science and Technology,
2) Institute for Molecular Science, National Institutes of Natural Sciences

1.概要(Summary )
接合の善し悪しを数値的に評価する引張試験のために、サイズ50×50×2mm3の熱接合や超音波接合したポリエチレンテレフタレート(PET)、アクリルニトリル・ブタジエン・スチレン(ABS)、ポリカーボネート(PC)、シクロオレフィン・ポリマー(COP)の接合基板からサイズ15×15×2mm3の引張試験片を切り出す方法として、波長が紫外光から赤外光までの範囲で可変であり、パルス幅が5ps以下でありながらピークパワーが高く、熱影響が少ない精密切断が可能と思われる分子科学研究所機器センター所有のピコ秒レーザー(Spectra-Physics、Quantronix Millennia-Tsunami、TITAN-TOPAS)を用いた切り出し加工を試行した。

2.実験(Experimental)
レーザーの波長、パルス幅、繰返し周波数を790nm、5 ps、1kHzに設定した。焦点距離150 mmの平凸レンズによる集光ビームは、ステッピングモーターによって光軸の鉛直面内(X、Y方向)で走査でき、高さ(Z方向)を固定したステージに照射した。出力を600、700、1000mW、走査速度を0.1、0.3、0.35、0.4、0.5mm/s、走査回数を1、2、3回と条件を変化させて、厚み1mmの樹脂基板

図1 引張試験片の切り出し加工手順
が完全に切断される条件を調査した。次に、厚み1mmのPET、ABS、PC、COP基板を其々2枚ずつ重ねてレーザー切削を行い、デジタルマイクロスコープVHX- 1000(分子研装置開発室所有)によって切断面の観察を行いながら、切断面の溶着や炭化具合を観察した。最終的には、最適条件を基に、50mm角のPET、ABS、PC、COPの熱・超音波接合基板の中央部から、15mm角の引張試験片をピコ秒レーザーによって切り出し(図1(a))、炭化した切断面はやすりやカッターによって除去した(図1(b))。

3.結果と考察(Results and Discussion)
レーザーの出力は高ければ高いほど良好な結果が得られたが、走査速度には閾値が存在し、0.4mm/s以上に速くすると切断できなかった。この理由として、レーザービームが照射された直径約200mのスポット内で、加工対象の樹脂材料がアブレーションされるほど熱量が蓄積されるのには、ある程度まとまった照射時間が必要であることが考えられる。この結果は走査速度を上げることで加工時間を短くすることが困難なことを意味する。そこで、レーザーの出力を極限近くまで高める代わりに、走査回数を減らして総加工時間を短縮する方法を選択した。今回の実験での最適とした加工条件を表1に示す。
上記の加工条件を基に、未接合な樹脂基板を2枚重ねてステージに配置し、レーザー切断した断面写真を図2に示す。レーザー照射は重ねた樹脂基板の表と裏の両側からそれぞれ行い、樹脂の透明性(ABSの場合は半透明)を生かして、加工位置のアライメントを目視にて行った。
表1 厚み1mmの樹脂基板をレーザー切断する最適条件
出力 走査速度 走査回数
1000 mW 0.3 mm/s 2回

図2 未接合な樹脂基板のレーザー切断面
4種類の樹脂基板の内、溶着せずに切断できたものはCOPのみであった。また、全ての樹脂基板においてレーザーによる切断面は炭化しており、今回の実験では、この炭化現象を抑制する有効な加工条件は探し出せなかった。この技術的な課題を克服するには、不活性ガス雰囲気下でレーザーを照射するなど、酸素が存在しない加工環境を用意する必要があり、照射ステージ周辺の大幅な改造が必要となる。そこで今回の実験では、切断面の炭化層をやすり掛けで除去することにした。炭化層の厚みは100~150mであったので、ステッピングモーターによるステージの走査距離を、(レーザービームスポット直径200m+両側の炭化層の厚み300m=)500mだけ長くし、15.5mm角で切り出すようにステージ走査プログラムを設定した。このように、50mm×50mmの熱・超音波接合PET、ABS、PC、COP基板の中央部から、レーザー切断とやすり掛けによって切り出した15mm×15mmの引張試験片を図3に示す。

図3 切り出した引張試験片
樹脂材料の種類によって加工のし易さには大差なかったが、敢えて順位付けすると、PC、ABS、COP、PETとなった。いずれの樹脂も熱可塑性材料であるが、PETは半結晶性樹脂、ABS、PC、COPは非結晶性樹脂に分類される。また、ABSはブタジエン系ゴムを内包しているために、その特性は同じ非結晶性樹脂のPCやCOPとも大きく異なっている。実際に示差走査熱量計(DSC)で測定したPET、ABS、PC、COPのガラス転移温度(Tg)はそれぞれ、77、112、152、104℃であった。加工のし易さがTgの真逆になっている点が興味深い。
いずれにせよ、以上のように予備実験によって求めた最適加工条件を基に、50mm×50mmのPET、ABS、PC、COPの熱・超音波接合基板から、15mm×15mmの引張試験片を切断面が溶着することなく、切り出すことに成功した。

4.その他・特記事項(Others)
なし。

5.論文・学会発表(Publication/Presentation)
なし。

6.関連特許(Patent)
なし。

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