利用報告書
課題番号 :S-20-NR-0003
利用形態 :共同研究
利用課題名(日本語) :一置換ピレン誘導体の固相蛍光と結晶構造との相関の解明に関する研究
Program Title (English) :Studies on the relationship between crystal structures and solid-state
fluorescent properties of mono-substituted pyrenes
利用者名(日本語) :中野英之
Username (English) :H. Nakano
所属名(日本語) :室蘭工業大学大学院工学研究科
Affiliation (English) :Department of Applied Chemistry, Muroran Institute of Technology
1.概要(Summary )
外部刺激に応答して色彩や発光色が可逆的に変化する材料は、基礎科学的観点からのみならず、応用的観点からも興味がもたれる。このような材料として最近、摩砕や加圧などの力学的刺激により可逆的に発光色が変化するメカノクロミック発光が注目を集め、活発に研究がなされている。われわれも、新しい有機メカノクロミック発光材料の創製に関する研究を進めており、いくつかの系列の発光材料がメカノクロミック発光を示すことを明らかにするとともに、その発現機構の解明に関する研究を進めている。そのなかで、1-アルカノイルアミノピレン類について、それらの再結晶試料が青紫色のモノマー蛍光を発するのに対し、摩砕すると結晶欠陥で生成するエキシマ-の黄緑色の発光に変化することに基づくメカノクロミック発光を示すことを明らかにしている。また最近では、1-アルカノイルアミノピレンとはアミド部位の配列順序が異なる一連の1-アルキルカルバモイルピレン類(BCPy, OCPy, SCPy)なども同様のメカノクロミック発光を示すことを見出している。さらにこれらの1-アルキルカルバモイルピレン類の発光挙動を検討していく中で、ごく最近、BCPyやOCPyが互いに異なる発光スペクトルを示す結晶多形を示すことがわかってきた。また、摩砕や加熱、溶剤による処理などの外部刺激を加えることによって、結晶構造や発光スペクトルがさまざまに変化することがわかってきており、構造変化と発光色変化のメカニズムを解明していくうえで、各結晶多形の結晶構造を明らかにすることは、興味ある重要な研究課題である。
本研究では、1-アルキルカルバモイルピレン類の各多形の結晶構造を明らかにすることを目的として、BCPy、OCPy、およびSCPyを用いてさまざまな条件で単結晶の育成を試みるとともに、良質の単結晶が得られたものについてX線結晶構造解析を行った。
2.実験(Experimental)
BCPy、OCPy、およびSCPyの単結晶の育成を、さまざまな種類の溶媒を用いた再結晶法、溶媒蒸発法、溶媒蒸気拡散法などにより試みた。構造解析に耐えうる質の単結晶が得られた試料に対し、単結晶X線解析装置を用いて結晶構造解析を行った。
3.結果と考察(Results and Discussion)
(i) BCPy
これまでに、再結晶の溶媒の種類や熱履歴に依存してBCPyが三種類の異なる多形を有すること、それらの蛍光スペクトルが互いに異なることが明らかとなっている。このことに関する知見を得るために、各結晶相の単結晶の育成を試みた。酢酸エチルを溶媒とする再結晶によって-BCPyが得られるが、残念ながら結晶構造解析に耐えうる単結晶を得ることが出来ていない。一方、エタノールからの再結晶により得られる -BCPyの単結晶は、シクロヘキサンとエタノールを用いた蒸気拡散法により育成することが出来た。図1に -BCPyの結晶構造を示す。BCPy分子がへリングボーン様に充填されており、また、C=O … H-N の分子間水素結合を通してピレン環がななめに重なるカラム構造を形成していることがわかった。
図1.-BCPyの結晶構造
もうひとつの多形である -BCPyの単結晶は、シクロヘキサンと酢酸エチルを用いた蒸気拡散法により育成することが出来た。図2に -BCPyの結晶構造を示す。-BCPyとは大きく異なる充填形式をとっているものの、C=O … H-N の分子間水素結合を通してピレン環がななめに重なるカラム構造を形成している点では共通していた。ただし、ピレン環同士の距離や重なりのずれが-BCPyとは異なっており、このことにより蛍光スペクトルが異なっていると考えられる。
図2.-BCPyの結晶構造
(ii) OCPy
OCPyには、室温で安定な二つの結晶形と、高温で安定なもうひとつの結晶形の三種類の結晶形を有する多形を示すことがわかっている。これらのうち、室温で最も安定な -OCPyの単結晶が得られたことから、その結晶構造解析を行った。図2に -OCPyの結晶構造を示す。アルキル鎖部分は完全なトランスジグザグ構造ではなく、末端のメチル基が別の方向に折れ曲がった構造となっており、温度因子も大きくなっていた。分子の充填方式は、-BCPyや -BCPyとは異なっていたが、C=O … H-N の分子間水素結合を通してピレン環がななめに重なるカラム構造を形成している点では共通していた。
図3.-OCPyの結晶構造
(iii) SCPy
SCPyについても熱履歴によって三つ(あるいはそれ以上)の結晶形を有する多形を示すことがわかっている。様々な条件で結晶化を試みたが、残念ながら結晶構造解析に耐えうる単結晶は得られていない。アルキル鎖が長いため良質の単結晶が得られにくいものと考えられる。
今後、さらに構造未決定の多形の単結晶育成を試みるとともに、アルキル鎖長のさらに異なる分子も含め、結晶構造と蛍光スペクトルとの相関を異なる分子間の比較も含めて検討し、構造と発光特性との相関に関する詳細を明らかにしていきたい。
4.その他・特記事項(Others)
なし
5.論文・学会発表(Publication/Presentation)
(1) Polymorphism and Mechanochromic Emission of 1-Alkylcarbamoylpyrenes, M. Afiq, N. Afiq, T. Ara, and H. Nakano、第69回高分子学会年次大会(令和2年5月27日(新型コロナウイルスの影響により中止となったが予稿集が発行されている).
(2) 1-ステアリルカルバモイルピレンの多形と蛍光特性, 山崎佑真, N. Afiq, M. Afiq, 荒拓哉, 中野英之, 化学系学協会北海道支部2021年冬季研究発表会(令和3年1月26日).
6.関連特許(Patent)
なし