利用報告書

新規鉄二価中性錯体結晶が示す光誘起ダブルプロトン移動の観測
中西 匠(国立大学法人九州大学 先導物質化学研究所)

課題番号 :S-20-MS-1076
利用形態 :機器利用
利用課題名(日本語) :新規鉄二価中性錯体結晶が示す光誘起ダブルプロトン移動の観測
Program Title (English) :Photo-induced double proton transfer in neutral iron(II) complex
利用者名(日本語) :中西 匠
Username (English) :Takumi Nakanishi
所属名(日本語) :国立大学法人九州大学 先導物質化学研究所
Affiliation (English) :Institution for Materials Chemistry and Engineering, The University of Kyushu

1.概要(Summary )
種々の外部刺激により構造、物性の変化を示す動的材料は、記憶材料やセンサーなど幅広い分野での応用が期待されている。申請者はこれまでに、熱-光誘起スピン転移と連動して熱-光誘起プロトン移動を発現するイオン性の鉄二価錯体を開発し、単結晶構造解析による光誘起プロトン移動に伴う構造変化の観測を行ってきた。本申請では、新たに開発した中性型のプロトン結合スピン転移錯体[Fe(HL)2]における、光誘起スピン転移に伴う構造変化を、単結晶X線回折装置 微小結晶(Rigaku HyPix-AFC)を用いた光照射前後での単結晶構造解析により明らかにした。
2.実験(Experimental)
単結晶X線回折装置 に単結晶をセットし、145 Kで3時間、温度を維持した後、123 Kで単結晶構造測定を行った。十分に質の高い構造データが得られたと判断された結晶を用いて、光励起状態前の構造決定を40 Kで行った。測定後、結晶に対し785 nm赤色レーザーを1.5時間照射し、レーザーの電源を切った後、40 Kにて構造決定を行った。
3.結果と考察(Results and Discussion)
123 Kで得られた構造では結晶学的に独立な一種類の錯体が確認された。Fe2+周りの結合長の平均値(Fe—Nave、Fe—Oave)は低スピン状態に特徴的な値(Fe—Nave = 1.899 Å、Fe—Oave =2.014 Å)となっていた。二つの配位子はいずれも、ヒドラゾン部位とヒドロキシル基との間で短いN・・・O型分子内水素結合(2.448 Å)を形成していた。定性的な水素原子位置は、ヒドラゾン部位のNを中心とする結合角(∠NNHydC)およびヒドロキシル基のC—O結合長から判断した。両配位子の∠NNHydCはいずれも、脱プロトン化された状態に特徴的な角度(109.5°, 109.8°)を示していた。ヒドロキシル基のC—O結合長はどちらも1.31 Åであったことから、123 K(低スピン状態)では水素原子はヒドロキシル基側に存在することが確認された。光照射前に行った40 Kでの測定においても、同様な構造が観測された。続いて、785 nmレーザーを1.5時間照射後の結晶構造を解析した。Fe2+周りの結合長(Fe—Nave = 2.149 Å、Fe—Oave =2.116 Å)は過去に行った高スピン状態の錯体の結合長(2.134~2.100 Å)と同程度であったことから、ほぼ全ての低スピン錯体が光照射により高スピン状態へと変化していることが分かった。この結果は、磁性測定における光照射後のχmT値が高温側の高スピン状態での値の97%であったことと一致している。一方の配位子の∠NNHydC、C—O結合長はそれぞれ114.65°、1.274 Åであったことから、この配位子は光照射に伴いプロトン移動を示していることが分かった。一方で、他方の配位子のNNHydC、C—O結合長はそれぞれ111.93°、1.295 Åと、プロトン化状態と脱プロトン化状態の中間の値を示し、また水素に由来する電子密度が水素結合の中心付近に確認された(図1)。以上の結果から[Fe(HL)2]は光照射により、不完全なダブルプロトン移動を示すことが明らかとなった。
図1 光照射に伴うプロトン移動(構造の一部は省略)。
4.その他・特記事項(Others)
なし
5.論文・学会発表(Publication/Presentation)
なし
6.関連特許(Patent)
なし

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