利用報告書

有機分子による遷移金属錯体の構造制御と新規磁気物性探索
藤田 渉1)
1) 名古屋市立大学大学院システム自然研究科

課題番号 :S-16-MS-1005
利用形態 :機器利用
利用課題名(日本語) :有機分子による遷移金属錯体の構造制御と新規磁気物性探索
Program Title (English) :Preparation, Structure, and Magnetic Properties of Coordination Polymers
利用者名(日本語) :藤田 渉1)
Username (English) :W. Fujita1)
所属名(日本語) :1) 名古屋市立大学大学院システム自然研究科
Affiliation (English) :1) Graduate School of Natural Science、Nagoya City University

1.概要(Summary )
銅水酸化物Cux(OH)yA•zH2O (A =アニオン)は、銅イオンが水酸化物イオンやアニオンAによって架橋された構造を有する配位高分子錯体であり、構成イオンの比率やアニオンAの種類により、多様な結晶構造を有する。代表的な銅水酸化物Azurite Cu3(CO3)2(OH)2は深い青色を呈し、顔料として用いられている。組成が少しだけ異なるMalachite Cu2(CO3)(OH)2も顔料であるが、Azuriteとは構造が異なり、鮮やかな緑色である。この物質群は身近に存在し、10円玉や自由の女神の淡い緑色の錆にも含まれる。銅水酸化物部位とアニオンAとの組み合わせは無数であることから、未知の構造を有する誘導体は多数あると考えている。
近年、ダイヤモンド鎖構造を有する天然鉱物のアズライトCu3(CO3)2(OH)2 (A = CO22–)の物性が福井大学の菊池らによって、また、S = 1/2カゴメ格子構造を有するHerbertsmithiteやKapellasite(ZnCu3(OH)6Cl2(A = Cl–))の物性が海外の研究グループによって報告されたことを機に、この物質群に注目が集まっている。この物質群は上述の磁気ネットワークの他に、アニオンAの種類に応じて、二次元三角格子構造やパイロクロア構造などを有する誘導体の報告例がある。この物質群の特性を引き出し、有用な構造を見つけるために、化学修飾が可能な「有機物」をAとして用いてはどうかと考え、検討を行った。

2.実験(Experimental)
物質合成は名古屋市立大学山の畑キャンパスにある化学実験室にて行った。結晶構造解析および磁気測には分子研機器センターのRigaku社製単結晶構造解析装置およびSQUID型磁化測定装置を用いた。

3.結果と考察(Results and Discussion)
一般に、銅水酸化物の結晶を育成するには、水熱合成では耐圧容器に原料を水とともに封入し、100 ˚C以上の高温状態で反応させ、徐冷するによって結晶化する。以前、水熱合成法で有機アニオンを含む試料の結晶育成を試みたが、高温が仇となって酸化銅や金属銅が析出してしまい、目的の結晶を得ることができなかった。本研究では、カルボン酸イオンの加水分解反応の際に生成する水酸化物イオンを利用して、比較的低温で試料の合成と結晶化を試みた。その結果、酢酸銅と適当な有機スルホン酸塩とを水に溶かし、適温で放置するだけという、非常に簡便な手順で銅水酸化物の結晶を得ることができた。反応条件によっては、数ミリ程度の大きさの結晶を得ることができた。一般に、銅水酸化物の結晶を育成するには、水熱合成では耐圧容器に原料を水とともに封入し、100 ˚C以上の高温状態で反応させ、徐冷するによって結晶化する。以前、水熱合成法で有機アニオンを含む試料
の結晶育成を試みたが、高温が仇となって酸化銅や金属銅が析出してしまい、目的の結晶を得ることができなかった。本研究では、カルボン酸イオンの加水分解反応の際に生成する水酸化物イオンを利用して、比較的低温で試料の合成と結晶化を試みた。その結果、酢酸銅と適当な有機スルホン酸塩とを水に溶かし、適温で放置するだけという、非常に簡便な手順で銅水酸化物の結晶を得ることができた。反応条件によっては、数ミリ程度の大きさの結晶を得ることができた。図1は加水分解法で作成した2,6-ナフタレンジスルホン酸イオン(2,6-Np)を含む銅水酸化物の結晶の写真である。現時点では、数十種類の複雑な構造を有する有機スルホン酸イオンを試し、多数の銅水酸化物の結晶を得ることに成功している。加水分解法は銅水酸化物の結晶育成には有用であることがわかった。これらの結晶について、構造解析を行ったところ、ダイヤモンド鎖構造(12種類)を取る新規物質であった。有機アニオンを含む誘導体の結晶はいずれも対称性が低く、銅イオン間の磁気的相互作用は複数存在するため、それぞれの大きさを見積もるのが困難な状況である。今後は磁気的相互作用の大きさを見積もることが検討課題である。
図2に反磁性基底状態を有する銅水酸化物[Cu3(CH3CO2)2(OH)2(H2O)2(2,6-Np)]における磁気ネットワーク部位の構造と磁気ネットワークを模式的に示す。銅イオン(S = 1/2)は酸素原子が作る正方錐内または八面体内に位置し、正方錐のペアと八面体とが交互に並ぶことでダイヤモンド鎖が形成されていた。この配列はアズライトとよく似ていたが、ダイヤモンド鎖間が有機イオンによって隔てられており、ダイヤモンド鎖の繰り返し周期がアズライトの2倍であった。また、結晶の対称性が低いため、磁気的相互作用のパスは計8種類あった。常磁性磁化率の温度依存性を検討したところ、低次元構造に由来するブロードなピークが75 K付近に認められた。さらに低温側では常磁性磁化率はゼロへと漸近し、基底状態は反磁性であった。この物質の磁気挙動は、磁気ネットワークが二倍周期を有することと関連していると考えている。ダイヤモンド鎖構造を有し、かつ、基底反磁性状態を取る初めての例であり、物性理論や実験物理の分野から注目を集めている。
今後、上述の物質の他、得られたサンプルの熱測定や強磁場磁化測定など、さらなる検討を行う予定である。

4.その他・特記事項(Others)
上述の研究成果の他、配位高分子錯体の合成研究に従事し、得られた成果について学会および論文発表を行った。

5.論文・学会発表(Publication/Presentation)
(1) W. Fujita,* A. Tokumitu, Y. Fujii, H. Kikuchi CrystEngComm 18(2016)8614-21.
(2) S. Yoneyama, T. Kodama, K. Kikuchi, T. Fujisawa, A. Yamaguchi, A. Sumiyama, Y. Shuku, S. Aoyagi, W. Fujita* Dalton Trans. 45(2016)16774-8.
(3) M. Ben Nasr, K. Kaabi, M. Zeller, W. Fujita, P. S. Pereira Silva, C. Ben Nasr Chin. Chem. Let. 27(2016)896-900.
(4) 藤田渉, 日本物理学会第72回年次大会, 平成29年3月18日.
(5) 宮崎大輔, Khalif Benzid, 大久保晋, 原茂生, 櫻井敬博, 太田仁, 藤田渉, 日本物理学会第72回年次大会, 平成29年3月17日.
(6) 徳光昭夫, 小島寛之, 藤田渉, 日本物理学会第72回年次大会, 平成29年3月17日.
(7) 坂部 将仁・藤田渉・佐藤 総一, 第43回有機典型元素化学討論会, 平成28年12月8日.
(8) 中鳥なつみ、冨樫愛美、三谷拓示、山口貴久、古川貢、加藤立久、藤田渉、菊地耕一、阿知波洋次、兒玉健, 第10回分子科学討論会, 平成28年9月15日.
(9) 佐藤和樹,藤田渉,小島寛之,松尾晶,金道浩一,萩原政幸, 日本物理学会2016年秋季大会, 平成28年9月13日.
(10) 菊池彦光、三浦俊亮、笠松直幸、藤井裕、藤田渉、松尾晶、金道浩一, 日本物理学会2016年秋季大会, 平成28年9月13日.
(11) 中根僚宏、藤田渉,日本物理学会2016年秋季大会, 平成28年9月13日.
(12) 小島寛之、藤田渉, 日本物理学会2016年秋季大会, 平成28年9月13日.
(13) 藤田渉, 日本物理学会2016年秋季大会, 平成28年9月13日.
(14) S. Okubo, D. Miyazaki, S. Hara, T. Sakurai, H. Ohta, W. Fujita, The 15th International Conference on Molecule-Based Magnets, 平成28年9月5日.
(15) W. Fujita, The 15th International Conference on Molecule-Based Magnets, 平成28年9月5日.
(16) A. Ooizumi, M. Sakabe, K. Funahashi, Y. Takeuchi, W. Fujita, Y. Sugibayashi, S. Hayashi, W. Nakanishi, S. Sato, 13th International Conference on the Chemistry of Selenium and Tellurium, 平成28年5月13日.

6.関連特許(Patent)
なし。

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