利用報告書

有機高分子の仕事関数の評価
中野恭兵1)
1) 理化学研究所 創発機能高分子研究チーム

課題番号 :S-19-MS-0039
利用形態 :協力研究
利用課題名(日本語) :有機高分子の仕事関数の評価
Program Title (English) :Evaluation of work function of organic polymer semiconductor
利用者名(日本語) :中野恭兵1)
Username (English) : K. Nakano1)
所属名(日本語) :1) 理化学研究所 創発機能高分子研究チーム
Affiliation (English) :1) RIKEN Emergent functional polymers research team

1.概要(Summary )
有機薄膜太陽電池の性能は、素子内部の材料の電子状態に依存する。素子内部の電子状態を評価する方法として、有機層の膜厚を変えながら光電子分光法で真空準位とHOMOレベルを評価して膜厚方向のプロファイルを得る手法がある。しかしこの方法では素子内部の電子状態のエネルギーを正確に見積もることはできない。なぜなら、太陽電池素子は有機層が2つの電極で挟まれた構造をしており、これら電極が作り出す静電ポテンシャルを無視することができないからである。
これに対し、我々はシンプルな仮定をおいた数値計算シミュレーションで、電極の影響も含めた素子内部の電子状態の再現に挑戦している。材料の状態密度の形を光電子分光で測定し、材料と電極が熱化学平衡にあるという仮定のもとでポアソン方程式を自己無撞着に解く。この計算に必要なのは材料の状態密度分布と仕事関数(フェルミレベル)である。シミュレーションが恣意的にならないように、可能なかぎり実験で得られた結果を用いて計算を行いたい。
状態密度分布は光電子分光法で評価することができる。材料のintrinsicなフェルミレベルも光電子分光法で得られるが、チャージアップの問題があるのでせいぜい数十nm程度の薄膜しか測定できず、電極界面のポテンシャルの曲がりの影響を除くことができない。
そこで本研究では、平本研究室所有のケルビンプローブを用いて、100nm程度の厚膜の仕事関数を評価し、材料のフェルミレベルを評価することを検討した。
2.実験(Experimental)
使用機器は、グローブボックス内に設置された理研計器製ケルビンプローブFAC-2である。グローブボックス内は乾燥窒素で満たされており、酸素による意図しないドーピングを避けることができる。試料はガラス/酸化インジウムスズ透明電極基板上に、典型的な高分子半導体材料であるRegioregular poly(3-hexylthiophene-2,5-diyl) (P3HT, Rieke Metals)とpoly({4,8-bis[(2-ethylhexyl)oxy]benzo[1,2-b:4,5-b’]dithiophene-2,6-diyl}{3-fluoro-2-[(2-ethylhexyl)carbonyl]thieno[3,4-b]thiophenediyl})
(PTB7, 1-Material)をスピンコート法によって成膜したものである。それぞれの高分子薄膜の膜厚は5 nmから120 nmの範囲で変えた。また、P3HTに関しては2,3,5,6-tetrafluoro-7,7,8,8-tetracyano-quinodimethane (F4TCNQ)によるドーピングの影響も調べた。試料は、P3HT薄膜の上から、F4TCNQのアセトニトリル溶液をスピンコートすることで得た。

3.結果と考察(Results and Discussion)

図1はP3HTの測定結果である。横軸はP3HT高分子薄膜の膜厚、縦軸はエネルギーである。膜厚0 nmのときのフェルミレベルの測定値は、基板として用いたインジウム酸化スズ電極の仕事関数である。今回得たデータを(赤)と(紫)の点で示した。以前同じ材料を同じ測定装置で、ただし窒素雰囲気下ではなく大気下で測定した結果を(緑)で合わせて示した。
(赤)点を見ると、薄膜が薄いときには若干フェルミレベルが小さくなっている。これは基板電極との界面で熱化学平衡を実現するために電荷のやり取りが発生したためである。したがってこの領域のフェルミレベルの値は材料のintrinsicな性質とは言いがたい。膜厚を増やすとフェルミレベルは−4.4 eVに飽和した。電極から距離が開くにつれて材料のintrinsicな性質が現れたと考えられる。しかし、P3HTのHOMO-LUMOギャップの中心は−3.4 eV付近であり、材料の純度が高くて真性半導体であるならばフェルミレベルはこの値に近づくはずである。−4.4 eVにフェルミレベルがあるというのは、材料がp型にドープされていることを意味し、正孔の密度が電子の密度よりも高い状況である。当初は乾燥窒素で満たされたグローブボックス中の測定であれば−3.4 eVに近いフェルミレベルが得られるのではないかと予想していた。しかし実際には依然としてP3HTはドープされている。これがグローブボックス中の微量酸素の影響なのかどうかは、高真空下でフェルミレベルを評価して比較・検討しなくてはならない。
酸素がP3HTをドープするというのは(緑)点を見れば明らかである。これはP3HTのフェルミレベルを大気下で測定した結果で、その値は−4.7 eVに近い。−4.7 eVの破線はP3HTのイオン化エネルギーであり、フェルミレベルがイオン化エネルギーとほぼ同じというのは非常に高い濃度の正孔が存在するということである。F4TCNQにより意図的にドーピングを施した場合もフェルミレベルは−4.7 eV付近まで近づいている。

図2の(赤)はP3HTのフェルミレベルをグローブボックス内で測定した結果(図1と同じデータ)、(青)はおなじグローブボックス内に設置されたスピンコータでP3HTを成膜してその直後に測定した結果、オレンジは、試料を一度大気下に晒しその後再びグローブボックス内で測定した結果である。いずれも膜厚が同じであれば同じフェルミレベルの値を得た。P3HTは大気下に晒した段階で速やかに酸素によってドープされるのでそのフェルミレベルはイオン化エネルギーに近づくが、試料を乾燥窒素下に置けばフェルミレベルはイオン化エネルギーから離れる。すなわち酸素によるドーピングの影響は可逆的であり、試料の周辺の酸素濃度によりドーピング濃度が変わりうる。

図3は同じ実験をPTB7薄膜に対して行った結果である。PTB7の場合もグローブボックス内で測定する限り、試料が大気に触れたかどうかに関わらず同じフェルミレベルを得た。フェルミレベルは−4.7 eVで飽和した。PTB7のHOMO-LUMOの中点は−4.3 eVなので、若干p型にドープされている。しかしP3HTに比べればPTB7のほうがドープ量は少ない。これはPTB7のイオン化エネルギーがP3HTよりも深いので、酸素によるドーピングが起こりにくいためである。

本検討では、酸素による高分子半導体への可逆的なドーピングの影響が見られた。おそらく高真空下でフェルミレベルを測定すると、HOMO-LUMOの中点に近い値、すなわちよりintrinsicな材料のフェルミレベルが得られることと思う。しかしわれわれの目的であるデバイス内の静電ポテンシャルのシミュレーションには、デバイス作製時の条件で測定したフェルミレベルの値を使うのが妥当だと考えている。つまり、グローブボックス中で作製・封止した太陽電池のシミュレーションには同じくグローブボックス中で測定した値を用い、微量残留酸素によるドーピングの影響も含めて解析するべきではないか。シミュレーションの結果をもとにそのあたりの妥当性の検討を進めたい。

4.その他・特記事項(Others)
なし

5.論文・学会発表(Publication/Presentation)
なし

6.関連特許(Patent)
なし

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