利用報告書

正・逆光電子分光を用いたZnO/Cu界面におけるキャリア注入障壁評価
清水 皇,浅井英雄
株式会社 デンソー

課題番号 : S-16-JI-0035
利用形態 : 機器利用
利用課題名(日本語) : 正・逆光電子分光を用いたZnO/Cu界面におけるキャリア注入障壁評価
Program Title (English) : Estimation of electron/hole injection barriers at ZnO/Cu interface by using PES and IPES
利用者名(日本語) : 清水 皇,浅井英雄
Username (English) : S. Shimizu and H. Asai
所属名(日本語) :株式会社 デンソー
Affiliation (English) :DENSO CORPORATION

1. 概要 (Summary)
自動車の環境規制対応や利便性向上には、電動化が必要不可欠となっており、車載電機製品の電気的接続部(電気接点)の高信頼性が重要である。特に摺動を伴う電気接点においては耐久性、すなわち優れた機械物性 (低摩耗性) と電気物性 (固有抵抗の上昇が少ない) が維持される事が求められる。本課題では、摺動電気接点の電気物性に着目する。
摺動電気接点部では、動作環境下において電極の相手側への移着の他,化学反応が生じる: e.g.,電極中亜鉛成分 → 酸化亜鉛 (ZnO)。ZnOの様な半導体 (絶縁体) 成分が電極間に生成すると、接触抵抗が上昇し、接点の電気物性が初期状態から著しく変化する。そこで本研究では、パルスレーザー堆積法でCu基板表面にZnO薄膜を模擬的に作製し、その界面の電子構造を光電子収量分光法 (PYS) および逆光電子分光法 (IPES) によって調べた。また、その結果に基づいて、電子およびホール注入障壁を評価した。

2. 実験 (Experimental)
正・逆光電子分光装置
(テックサイエンス PYS-200+IPES)
光電子分光装置 (理研計器製 UPS AC-2)
[サンプル]
・タフピッチ銅板 (purity >99.90 %)
・ZnO薄膜 4サンプル
膜厚および成膜温度: 5nm@RT, 20nm@RT,
5nm@300℃, 20 nm@300℃
・サンプルサイズ: 各18 x 18 mm2 (t = 1 mm)
IPESおよびPYS複合スペクトルの横軸 (Binding Energy) は、Au foilのPYS/IPESスペクトルを測定し、それらのEFを基準に較正された。PYSの測定原理からすると、横軸はPhoton Energyとするのが正確であるが、今回はIPESスペクトルと併記するため便宜的にBinding Energyを採用している。
IPESおよびPYSにおいてスペクトルの立ち上がり領域を直線でフィッティングする事で、伝導帯の底 (CBM)、 価電子帯の上端 (VBM)、その他表面準位のエネルギーを求めた。

3. 結果と考察 (Results and Discussion)
【結果】
5 nm RT ZnO/CuサンプルにおけるIPES-PYS複合スペクトルを図1に示す。それぞれのon-set (-0.51 eVおよび0.77 eV) から、この系における最小のエネルギーギャップが1.28 eVと評価される。この値はZnOのバンドギャップ (= 3.37 eV) [2]より小さい事から、化学量論組成のZnOとは異なる表面準位が存在する可能性がある。一方、PYSスペクトルでは2.76 eVに二つ目の立ち上がりが見られ、この値とIPES on-set (-0.51 eV) とのエネルギー差は3.27eVとなる。この値はZnOのバンドギャップによく一致するため、これらの状態がZnOのVBMとCBMであると推定される。
図1の複合スペクトルにおけるEFは伝導帯側に偏っており、室温成膜されたZnO薄膜がn型である事が示唆される。

【考察】
Cu基板とn-type ZnOのEFが接していると仮定すると、以上の結果に基づき、Cu基板からCBMおよびVBMに対する電子注入障壁およびホール注入障壁はそれぞれ0.51 eVおよび2.76 eVと求められる。即ち、本系においては、電子伝導に寄与するZnO/Cu界面の抵抗は低いのに対し、ホール注入は不利である。
室温成膜されたZnO薄膜がn型になる原因は、0.77 eVに立ち上がりを有する表面準位にあると考えられる: この表面準位がドナー準位として作用。PYS/IPESスペクトルのみから、この準位の起源を議論する事は難しいが、室温成膜した場合、酸素欠陥を含んだ酸化物が形成される事が多いため、一つの可能性としてZn<2+が存在すると考えられる。今後は、X線光電子分光測定を実施し、Znの化学状態を詳細に検討していく予定である。
今回の知見に基づき、動作時間の経過と共にn型整流特性が生じても、電気的損失が少ない摺動電気接点材料や部品が設計製作される事が望まれる。

4. その他・特記事項 (Others)
本研究における測定におきましては、ナノテクノロジーセンター 村上達也様に大変お世話になりました。心より感謝申し上げます。

5. 論文・学会発表 (Publication/Presentation)
AC-2で測定されたSUS630 (本課題のサブサンプル) のPYSスペクトルを、以下の学会で報告した。
(1) 第16回日本表面科学会中部支部学術講演会 (講演奨励賞) 「SUS630多結晶中における銅ナノ粒子析出と析出硬化メカニズム」○浅井 英雄, 伊東 真一, 武藤 正誉, 清水 皇
(2) あいちシンクロトロン光センター2017成果発表会 ○清水 皇, 浅井 英雄, 伊東 真一

参考文献
[1] あいちSR XAFS測定結果, unpublished.
[2] C. Kligshirn, Phys. Status Solidi B 71, 547 (1975).

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