利用報告書

正逆光電子分光を駆使した車載半導体素子の界面電子構造解析
○浅井 英雄、 清水 皇
株式会社 デンソー

課題番号 :S-20-JI-0010
利用形態 :機器利用支援
利用課題名(日本語) :正逆光電子分光を駆使した車載半導体素子の界面電子構造解析
Program Title (English) :Interface Electronic Structure Analysis of In-Vehicle Semiconductor Devices Using
Photoelectron yield Spectroscopy and Inverse Photoelectron Spectroscopy
利用者名(日本語) :○浅井 英雄、 清水 皇
Username (English) :○H. Asai、S. Shimizu
所属名(日本語) :株式会社 デンソー
Affiliation (English) :DENSO CORPORATION

1. 概要(Summary )
光電子収量分光法 (PYS) /逆光電子分光法 (IPES) 界面解析により、車載半導体素子のSiCデバイスにおけるバンドギャプ内準位の様子を調べることを目的とした。PYS/IPESスペクトルを組み合わせ、半導体材料における価電子帯及び伝導帯電子状態を解析する。本課題では、n 型4H-SiC(1-100) = m面基板を研究対象とした。

2.実験(Experimental)
正逆光電子分光装置は、PYS-200 (テックサイエンス製)とIPES (PSP vacuum technology製) コンポーネントの複合装置を用いて実施した。PYS は、物質のイオン化ポテンシャルを評価する手法、IPES は、物質の電子親和力を見積る手法である。サンプルの一例として、n型エピタキシャル層 (9.0×1015 cm-3,12 µm) を有する4H-SiC(1-100)基板 = m面基板を採用した。そのサンプルを学内のクリンルームにてRCA洗浄を実施したのち、PYS/IPES測定を行った

[PYS/IPESスペクトル組み合わせ]
PYS/IPESスペクトルの組み合わせを以下の手順で実施した。
(ⅰ) IPESによるSiCフェルミ準位決定
逆光電子過程では、電子銃から照射された電子が伝導帯に遷移すると電子の運動エネルギーと遷移先軌道の電子親和力の差分に相当する光が放出される。放出された光は、バンドパスフィルターでエネルギー選別され、光電子に変換されチャンネルトロンでカウントされる。本装置におけるバンドパスフィルターはKClとSrF2の2種類の光学材料で構成される。KClは光を8.6 eVでカットし、SrF2は光を光電子に変換する。結果として、9.49 eVを中心とする半値幅0.43 eV のエネルギー分解能をもつIPES測定系となる。
実際にIPESでスペクトル測定を行うと、スペクトルの閾値は9.49 eVより数eV低エネルギー側となる。これは電子銃フィラメント BaOの仕事関数分運動エネルギーが加速されることに起因している。加速分を補正するためには、BaOの仕事関数を求める必要がある。9.49 eVからIPESスペクトルの閾値を差し引くことによってBaO仕事関数は決定される。

BaO仕事関数 = チャンネルトロンの検出エネルギー
– IPESの閾値    (1)

= 9.49 eV – 6.29 eV = 3.2 eV

次にSiCの仕事関数をIPES測定と同時に取得される試料電流スペクトルから算出する。上述の通り、BaO仕事関数分電子運動エネルギーが加速するため、試料電流スペクトルの閾値からBaO仕事関数を差し引くことでSiCの仕事関数が求められる。

SiC仕事関数 = IPES試料電流の閾値 - BaO 仕事関数 (2)

= 6.7 eV – 3.2 e V = 3.5 eV

(2) 式より、SiC仕事関数は  = 3.5 eVとなる。仕事関数はフェルミ準位 (EF) と真空準位 (VL) の差である。今回、フェルミ準位を基準として真空準位のエネルギーを決定した。
(ⅱ) PYS/IPESスペクトルの組み合わせ
PYSスペクトルは真空準位基準で測定される[1]。よって、IPES解析から決定された真空準位を基準にする事で、PYSとIPESスペクトルを結合する事が出来る。
3.結果と考察(Results and Discussion)
図1に、PYS/IPES組み合わせたスペクトルを示す。PYSスペクトルにおける生データは試料電流値を照射光子数で割った光電子収量値である。光電子収量値を照射エネルギーに対してプロットするPYSスペクトルは価電子帯状態密度 (DOS) の累積関数に一致する。従って、PYSスペクトルを微分することで、価電子帯DOSが得られる。微分PYS/IPES結合スペクトルは価電子帯および伝導帯DOSを観測した結果となる。
図1におけてPYSスペクトルの立ち上がりから、価電子帯上端(VBM) は3.1 eVである。同様にIPESスペクトルも立ち上りから、伝導帯下端(CBM) は-0.3 eVである。今回測定したSiC基板はフェルミ準位がCBM側に観測されることからn型の特性をして示している。
VBMとCBMのエネルギー差はバンドギャップ(Eg) である。ここではEg = 3.4 eV である。過去の報告によると4H-SiC(1-100)面のバンドギャップは3.26 eV[2-3] である。この値はフォトルミネッセンスで測定した値であり、我々が測定したPYS/IPES結果より0.14 eV 程度小さく観測されている。これは光学励起過程において、電子と正孔はクーロン力で束縛され、その束縛エネルギー分小さくなるエキシトンの影響と推察される。
また、n型SiC基板についてCB基準でフェルミ準位を式(3)で求めた[4]。

EF ≈ Ec – kTln(Nc/Nd) (3)

ここで、Ecは伝導帯下端、Ncは伝導帯状態密度、NdはSiC基板に注入したドナー濃度、kはボルツマン定数、Tは絶対温度である。Nc = 1.23×1019 cm-3 [5-7]、Nd = 9.0×1015 cm-3 であり、これらを代入して計算した結果、CBM基準でフェルミ準位は-0.2 eVと算出された。このことから、本研究により求められたフェルミ準位と計算によるフェルミ準位は一致することが解った。
以上のことから、PYS/IPESを組み合わせたスペクトルにより、半導体材料における伝導帯/価電子帯の定量的な電子状態評価が可能である事が示された。また、PYS/IPES検出感度レベルでは、本課題の研究対象としたn型m-SiC基板は欠陥準位が無く清浄である事が解った。

図1. n 型 4H-SiC(1-100)基板の微分PYSおよびIPES複合スペクトル.

References
[1] 石井久夫ら, 表面科学28 (2007) 264.
[2] L.Patrick et al., “Luminescence of 4H SiC, and Location of Conduction-Band Minima in SiC Polytypes,” Phys. Rev. 137 (1965) A1515.
[3] W. J. Choyke et al., Phys. Rev. 127, (1962) 1868.
[4] 松波弘之ら, 「半導体デバイス」, 共立出版株式会社 (2000) 14-24.
[5] G. L. Harris, “Properties of Silicon Carbide”, IEE Inspec, (1995).
[6] M. Ruff et al., “SiC Devices: Physics and Numerical Simulations”, IEEE Transactions on Electron Devices, 41 (1994) 1040.
[7] N.G. Wright et al., “Electrothermal Simulation of 4H-SiC Power Devices”, Silicon Carbide, III-Nitrides, and Related Materials – 1997, Material Science Forum, 264 (1998) 917.

4.その他・特記事項(Others)
「なし。」

5.論文・学会発表(Publication/Presentation)
「なし。」

6.関連特許(Patent)
「なし。」

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