利用報告書
課題番号 :S-15-MS-1001
利用形態 :機器利用
利用課題名(日本語) :水素結合性磁性体の合成、 構造解析および磁性研究
Program Title (English) :Preparation, Structure, and Magnetic Properties of Hydrogen Bonded Magnetic Materials
利用者名(日本語) :藤田 渉1)
Username (English) :W. Fujita1)
所属名(日本語) :1) 名古屋市立大学大学院 システム自然研究科
Affiliation (English) :1) Graduate School of Natural Science、Nagoya City University
1.概要(Summary )
当年度は、水素結合を形成する能力を有する有機配位子を含む配位高分子錯体や有機分子凝集層と層状遷移金属水酸化物誘導体を系統的に合成し、電子スピンと水素結合のプロトンとが連動するユニークな磁性物質「Hydrogen Bonded Magnet」の探索を行った。図1にHydrogen Bonded Magnetの概念を示す。一般に、水素結合における水素原子は、温度、圧力、電場などに敏感に応答することが知られている。磁性体内部に導入し、水素結合の状態に応じて、磁性イオン間の磁気的相互作用が変化させることが可能になれば、例えば、電場を掛けると反強磁性体が強磁性体へと変化するなど、大きな電気磁気効果を実現することが可能となり、新しい電子デバイスの創出に繋がる。
最近我々は、層状構造を有する配位高分子錯体[Cu(glycolato)2](glycolato = HOCH2CO2)について構造物性研究を行い、この物質が220 K付近でヒステリシスを伴う大きな構造相転移と磁性変調を示すことを明らかにした。ごく最近、この構造相転移が、水
素結合部位のプロトン位置と関連があることを突き
止めている。本稿では、当年度実施した、コバルトを
含む水素結合生配位高分子錯体の磁性研究について報告する。
2.実験(Experimental)
物質合成は名古屋市立大学山の畑キャンパスにあ
る化学実験室にて行った。結晶構造解析および磁気測には分子研機器センターのRigaku社製単結晶構造解析装置およびSQUID型磁化測定装置を用いた。
3.結果と考察(Results and Discussion)
配位高分子錯体[Co(glycolato)2]は、図2に示すように、二つのグリコール酸イオン(glycolato:HOCH2CO2–)が、大きな単イオン磁気異方性を有するCo2+ イオン(S = 3/2)をキレートすることで生じる平板状錯体分子が、カルボキシレートを介して隣接する錯体分子を架橋することで、配位高分子化合物では珍しい二次元正方格子磁気ネットワークを有している。正方格子シート間にはO•••O原子間近接が多数あり、比較的強い水素結合の存在を示唆している。この物質は既知物質であるが、これまで磁性は調べられていなかった。この物質について、磁気測定を行った結果を図3に示す。常磁性磁化率p は、温度の減少とともにゆるやかに増加し、15.2 kでピ-ク
を示した後、この温度以下で急激に減少した(図3(a))。この挙動から、この温度で何らかの磁気相転移が起こっていると考えられる。図3(b)に示すように、常磁性磁化率と温度との積p Tは温度の減少とともに減少することから、隣接するCo2+イオン間には反強磁性的相互作用が優勢に働いていることを意味する。室温近傍でCurie-Weiss則でFittingしたところ、C = 3.384 emu K mol–1、 = –38 Kであった。図3(c)は磁化の磁場依存性を示す。磁気異常を示した温度以下では、低磁場側では比較的ゆるやかな磁化の増加が認められたが、22,600 Oe付近で3,000 erg Oe–1 mol–1まで急激に増加したのち、25,000 Oe付近で再びゆるやかに増加した。このような挙動は反強磁性体の一種であるメタ磁性体によく見受けられる挙動である。7 Tでの磁化は5,000 erg Oe–1 mol–1であり、この磁場においても理論飽和磁化(g = 2.687, S = 3/2とすると22,510 erg Oe–1 mol–1)には程遠い値であった。熱測定を行ったところ、15.2 Kをピークとするラムダ型の熱異常が観測された。この温度近傍でのエントロピー変化を見積もったところ、6.2 J K–1 mol–1であった。
以上のことから、この物質は、15.2 Kで反強磁性転移を示すと考えられるが、正方格子シート内のCo2+のスピンの配列が、反強磁性的相互作用と単イオン異方性との競合により、反平行から、5.7˚程度でずれていると予想される。それにより、正方格子シート内ではCo2+の磁気モーメントが完全に打ち消し合うことができず、小さな磁化(2,230 erg Oe–1 mol–1程度)が発生し、シート間でその磁化を打ち消し合っていると考えられる。
この物質では、2–300 Kの温度範囲では、水素結合の状態と連動した構造相転移は認められなかった。今後、有機配位子を工夫することで、水素結合の状態と構造変化が連動するような物質の開発を行いたい。
4.その他・特記事項(Others)
上述の研究成果の他、層状水酸化銅の合成研究に従事し、得られた成果について学会および論文発表を行った。
5.論文・学会発表(Publication/Presentation)
(1) W. Fujita, CrystEngComm,Vol. 17(2015)p.p.9193-9202.
(2) R. Yoshida,T. Kodama, K. Kikuchi, S. Aoyagi, W. Fujita, Synth. Met.,Vol. 208(2015)p.p.43-48.
(3) 藤田渉, 第59回粘土科学討論会, 平成27年9月4日.
(4) 藤田渉, 藤井裕, 菊池彦光 日本物理学会2015年秋季大会, 平成27年9月16日.
(5) 藤田渉, 研究会「フラストレーション系物質の科学:協奏と競合の世界」, 平成28年2月18日.
(6) 小島寛之, 藤田渉, 日本物理学会第71回年次大会, 平成28年3月19日.
(7) 中根僚宏, 藤田渉, 山田瑛, 松田達磨,日本物理学会第71回年次大会, 平成28年3月19日.
(8) 中根僚宏, 藤田渉, 日本化学会第96春季大会, 平成28年3月2日.
6.関連特許(Patent)
なし。







