利用報告書

金属イオン結合により制御される酵素の結合と安定性の熱力学的解析
林隆宏, 織田昌幸(京都府立大学大学院生命環境科学研究科)

課題番号 :S-20-MS-1002
利用形態 :機器センター施設利用(ナノテクノロジープラットフォーム)
利用課題名(日本語) :金属イオン結合により制御される酵素の結合と安定性の熱力学的解析
Program Title (English) :Binding and folding thermodynamics of enzyme regulated by metal-ion binding
利用者名(日本語) :林 隆宏1), 織田 昌幸1)
Username (English) :T. Hayashi1), M. Oda1)
所属名(日本語) :1) 京都府立大学大学院生命環境科学研究科
Affiliation (English) :1) Grad. Sch. Life and Environ. Sci., Kyoto Pref. Univ.

1.概要(Summary )
 Saccharomonospora viridis AHK190由来のクチナーゼ様酵素Cut190は、エステラーゼ活性を有し、polyethylene terephthalate(PET)を分解する。同酵素の活性や安定性は、Ca2+存在下で増大することから、Ca2+結合に伴う酵素の構造機能制御機構は極めて興味深い。先行知見として、Cut190にCa2+結合部位は3か所あり、いずれも等温滴定熱量計(ITC)では検出困難な弱い結合である一方、Zn2+結合は3か所すべてに対して、Mn2+結合は1か所に対して、ITCでの結合熱が観測可能であった。本研究では、各金属イオンでの競合阻害実験を行い、各結合の特性を解明した。さらにジスルフィド結合を導入して熱安定性を高めたCut190変異体では、Zn2+結合も含めて、いずれの金属イオン結合もITCでの検出限界以下の弱い結合となった。同変異体も、Ca2+存在下で活性化することから、弱い金属イオン結合が、同酵素の機能制御に重要であることが示唆された。

2.実験(Experimental)
 ITC測定は、iTC200を用いて、25℃で行った。30 μMのCut190及び同変異体溶液に対して、0.5 ~ 2 mMの各金属塩化物溶液を、各2 μL、計20回滴下する実験系で行った。得られる熱量変化データを解析し、結合比n、平衡結合定数Ka、結合エンタルピー変化量ΔHを決定し、さらにギブスの自由エネルギー変化量ΔGと結合エントロピー変化量ΔSを算出した。

3.結果と考察(Results and Discussion)
 先行知見(Senga et al., J. Biochem. 149-156, 2019)同様に、Cut190の活性型、及び不活性型変異体(S176A)に対して、2 mM CaCl2を滴下した場合の熱量変化は認められず、Ca2+結合は極めて弱いことが示唆された。一方、Zn2+結合はn = 3, Ka = 7 x 105 (M-1)、Mn2+結合はn = 1, Ka = 7 x 105 (M-1) となった。さらに2.5 mM Mn2+存在下で、1 mM Zn2+を滴下したところ、n = 2となり、Kaの変化は小さいものの、ΔHは大きく減少した。この結果は、3か所の金属イオン結合部位のうち、1か所に対してMn2+はZn2+と同等に結合し、他の2か所に対しては弱く結合することを示唆する。さらにCa2+存在下で、1 mM Zn2+を滴下したところ、Ca2+濃度依存的に、Zn2+結合熱の減少が認められた。これは、Ca2+結合が3か所すべてに弱く結合し、結合部位はZn2+と同じであることを強く支持する。安定性解析の結果として、Mn2+やZn2+は低濃度域でCut190を安定化するのに対して、Ca2+は25 mM程度まで徐々に安定化する結果とあわせて考えると、弱いCa2+結合は、酵素の構造を徐々に固くすることで、高活性化状態を保持できるのではないかと推察される。またCut190分子内にジスルフィド結合を導入することで、活性を保持しつつ熱安定化に成功した変異体について、各金属イオン結合能を解析した結果、Zn2+も含めて、いずれの結合熱も観測されなかった。この結果は、強い金属イオン結合が活性化に必須でないことを示唆する。

4.その他・特記事項(Others)
なし

5.論文・学会発表(Publication/Presentation)
(1) 織田 昌幸, 日本農芸化学会関西支部第514回講演会, 令和3年2月6日

6.関連特許(Patent)
なし

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