利用報告書

高分子コーティングによる医用材料表面の最適化
中路 正
富山大学大学院理工学研究部(工学)

課題番号 :S-16-NM-0086
利用形態 :機器利用
利用課題名(日本語) :高分子コーティングによる医用材料表面の最適化
Program Title (English) :Optimization of biomaterial surface with functional polymer-coating
利用者名(日本語) :中路 正
Username (English) :T. Nakaji-Hirabayashi
所属名(日本語) :富山大学大学院理工学研究部(工学)
Affiliation (English) :Graduate School of Science and Engineering, University of Toyama

1.概要(Summary)
医用材料の開発において,高分子による表面被覆は,非常に重要な要素技術であると考えられている。我々はこれまでに,側鎖内に正負両電荷を有する双性イオン型高分子の1つである,カルボキシメチルベタインポリマー (PCMB) による材料表面被覆と生体物質非応答性の付与に関する研究を進めてきた。その中で,PCMBの化学的特性である正負両電荷の要素のみならず,膜厚とそれに起因する表面硬度の要素,すなわち力学的特性が,生体物質非応答性の発現に大きく関係していると考えられる知見を得た。
そこで本研究では,PCMB被覆表面の膜厚および表面硬度,さらに,細胞と材料間の応答について評価し,材料表面の生体物質非応答性の発現機序に関する統合的な理解につなげる知見の集積を図った。その結果,表面の化学的特性と力学的特性のバランスが生体物質非応答性の発現に寄与しており,それぞれの特性をうまく制御できれば,優れたバイオマテリアル開発につながることを示唆する結果の一部を得た。現在,さらに詳細な検討を行うため,継続申請を行っている。

2.実験(Experimental)
【利用した主な装置】
 LC/MS/MS (Q-Exactive)
 GPC
 CO2インキュベーター
 クリーンベンチ
 培養顕微鏡
 エリプソメトリー(MANAファウンドリー)
 原子間力顕微鏡(AFM)(東京大学)
【実験方法】
PCMBを共有結合により結合させたガラス基板(自身の大学で調製し持ち込み,ポリマーのGPC測定はNIMS 分子・物質合成PFにおいて測定)の表面特性を評価した。まず,エリプソメトリーにより,乾燥状態および生理リン酸緩衝液 (PBS) 中のPCMB膜厚を測定し、AFMによる表面の状態およびそのヤング率を測定した結果と照らし合わせ,表面状態について考察した。
また,ヒト骨髄間葉系幹細胞 (hMSCs) およびヒト臍帯静脈内皮細胞 (HUVECs) をポリマー修飾および未修飾基板上に播種し,細胞の接着および伸展状態を評価した。さらに,PCMB修飾/未修飾基板上への血清タンパク質の接着およびその組成について詳細に調査するべく,表面に吸着したタンパク質成分を剥離し精製後,LC/MS/ MS装置により分析した。

3.結果と考察 (Results and Discussion)
PCMB修飾表面の膜厚および硬度について評価したところ,PBS中での膜厚は,4.27 ± 0.94 nmと非常に薄かった。AFMで表面の状態およびそのヤング率を評価した結果,基材表面は,比較的一様にポリマーで被覆されており,被覆率は非常に高いことが示されたが,そのヤング率は、131 ± 31.5 MPa (Fig. 1) であった。過去に我々が調査したPCMB被覆チタン合金表面のヤング率 (PBS中膜厚:14.3 ± 2.11 nm,ヤング率:19.4 ± 2.89 MPa) [1] に比べ、約10倍硬い表面であることがわかった。これは,膜厚が非常に薄く,ベース基材であるガラスの硬さを反映しているためと推察される。
次に,PCMB修飾ガラス基板への細胞接着および伸展を評価した。Fig. 2は,一例として,hMSCs の各種表面への接着および伸展の状態を蛍光免疫染色により観察した結果を示す。ガラス基板上では,細胞が密に接着し,且つ,よく伸展していることがわかる。さらに,接着斑構成成分であるPaxillinの局在およびPhalloidinによる細胞骨格の染色状態を見てみると,接着斑が多数形成され,且つ,多くのストレスファイバーが認められたことから,ガラス基板上では,強い細胞接着が起こっていると考えられる。一方で,PCMB修飾表面では,細胞接着数が大きく減少したことに加え,接着した細胞もほとんど伸展していないことがわかる。PaxillinとPhalloidinの染色状態を見ても,接着斑の形成が少なく,ストレスファイバーもガラス基板上の細胞に比べ,その形成量が明らかに減少していたことから,細胞の接着状態が悪いと考えられた。
PCMB被覆表面は,基本的に細胞接着を強く抑制することが知られているが[2],本研究で用いたPCMB修飾表面は,若干ではあるが細胞が接着した。この理由としては,前述した表面のヤング率と総合して考えると,タンパク質や細胞の吸着・接着には,表面硬度の要素が強く関係しているのではないかと示唆される。

最後に,LC/MS/MSによって,PCMB修飾/未修飾ガラス表面への血清タンパク質の吸着成分について評価した。その結果,PCMB修飾ガラス表面には,全体的に吸着するタンパク質が少ない上,吸着したタンパク質成分の内,細胞接着性タンパク質の成分はかなり少なかったのに対し,ポリマー未修飾ガラス基板では,細胞接着性タンパク質の成分が多数検出された。この結果は,表面の化学的組成が大きく関係すると予想されるが,同時に,表面硬度も関係しているのではないかと推察している。しかしながら,現状のデータだけでは十分に議論することはできないことから,今後さらなる調査を行うべく,連携拠点制度への継続申請を依頼した次第である。
今後,より詳細に,表面の化学的組成と力学的組成との関係を調査し,最適なバイオマテリアル界面の設計のためのガイドライン的な見解を打ち出したいと考えている。

4.その他・特記事項(Others)
【参考文献】
[1] M. Nishida, et al., Colloid. Surf. B, 152, 302-310 (2017).
[2] M. Nishida, et al., J. Biomed. Mater. Res. A, 104A, 2029-2036 (2016).
【謝辞】
連携推進制度を利用して協働研究を進めてくださった,吉川千晶主任研究員に厚く御礼申し上げます。
また,NIMS分子・物質合成プラットフォームの服部晋也氏には,LC/MS/MS分析装置使用方法のご教授そして解析方法の指導と,多大な時間を割いてサポートしてくださったことに厚く御礼申し上げます。
さらに,MANAファウンドリーの大井暁彦氏には,エリプソメトリー装置の使用トレーニングおよび解析指導を賜りましたことに深く感謝いたします。

5.論文・学会発表(Publication/Presentation)
該当なし

6.関連特許(Patent)
該当なし

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