利用者インタビュー

肺がんの50~60%が肺腺がん

―まず、どういった研究に取り組んでいるのか教えてください。

野口雅之研究室では、1995年から肺がんをテーマに研究を進めています。そのテーマを選んだ理由は、肺がんが日本で最も死亡率が高く、頻度が高いがんだったからです。研究室では特に、肺がんの50~60%を占める肺腺がんにターゲットを絞っています。この病気に罹患した有名人として記憶に新しいのは、女優の野際陽子さん(故人)や歌舞伎役者の中村獅童さんでしょう。肺がんは、一般的に喫煙者が発症する病気だと思われているかもしれませんが、肺腺がんに限ってはタバコを吸わない人も発症するケースが多いと言えます。

―肺腺がんとは、どういったがんなのでしょうか。

肺腺がんは、基本的に末梢肺にできるがんです。末梢肺を構成する肺胞は、酸素を血液中に取り入れて血液中の二酸化炭素を排出するガス交換を行っており、その総数は左右の肺で約7~8億個とも言われています。このがんは、早期に発見して手術すれば完治する可能性が高い一方、進行してしまうと悪性度の高い難治性のがんになると言われています。

―早期発見が大事だということですね。

そうです。がんと言っても正常細胞がいきなりがん細胞に変わるわけではありません。正常細胞から前がん病変を経て、がん細胞へと段階的に悪性化していくわけです。

「上皮内がん」と「初期浸潤がん」の違い

―肺腺がんの初期では、肺胞の中で何が起こっているのでしょうか。

肺胞でガス交換を担っているのは、ごく薄い厚さの肺胞上皮細胞です。この肺胞上皮細胞が悪性化するとその核の形が変わったり、細胞質が大きくなったりするといった変化が起こり、形態学的にも診断可能になります。これが肺腺がんで最も初期段階の「上皮内がん」です。それがさらに悪性化すると「初期浸潤がん」へと進行していきます。

―上皮内がんと初期浸潤がんの術後5年生存率に差があることを見つけたそうですね。

はい。上皮内がんの5年生存率が100%であるのに対し、初期浸潤がんは75%にとどまります。このように明確に患者の予後に差が生まれています。2つのがんには形態に違いが見られることから、分子や遺伝子レベルでの違いが必ずあるだろうと推測して調べています。

―その違いを見つけると、どういったことに役立つのでしょうか。

上皮内がんと初期浸潤がんを見分ける診断マーカーとして利用できるのではないかと考えています。

差違を見極めて初期がんの過剰治療を防ぐ

―そうなれば段階に応じた治療方針が立てられます。

CT検診が普及した結果、ごく初期のがんが見つかるようになりました。そのような初期がんは、経過観察をしても良い場合も少なくありません。ただ、経過観察している初期がんの約15%は、3年以内に腫瘍が大きくなり、手術が必要になってしまいます。初期がんについては、手術で切除することが一般的ですが、過剰治療である場合も少ないとは言えません。特に高齢者や2次がんの場合の過剰治療を防ぐためにも正確な診断が必要です。

―どういったところに着目して差違を見つけようとしているのですか。

mRNAレベルでの発現比較やDNAの増幅などさまざまな解析を試しています。その中で注目しているのが特定のタンパク質の発現です。例えば、上皮内がんから初期浸潤がんに変わる際には、肺胞構造が壊れて血流が不足することなどにより、がんは低酸素状態に陥ります。我々は、酸素が不足した時に特徴的に現れるタンパク質などを見つけています。

―その分析でナノテクノロジープラットフォームを利用されたそうですね。

NIMS(国立研究開発法人物質・材料研究機構)のLC-MS/MS(液体クロマトグラフィー質量分析装置)を利用させてもらいました。私たちの大学にもLC-MS/MSはありますが、NIMSの機械は感度が高く、すべてのタンパク質を網羅的に分析できる点で優れており、有用なデータが得られたと思います。私たちが機械を使うこともありますし、cDNAマイクロアレイ解析は測定を依頼することもできますので、研究をサポートしてくれるシステムとして便利です。

ドラッグリポジショニングで治験

―この研究は今後、どのように展開していくのでしょうか。

化学療法あるいは分子標的治療薬で根治できる肺がんは極めて少ないというのが医学界の常識です。実際、浸潤がんにまで進行してしまうと、現在の医療では根治は難しいと言えます。そのため、上皮内がんを確実に見つけることが大切です。上皮内がんまでの段階で、悪性化を引き起こしている遺伝子異常にアプローチすれば、がんの進行を食い止めることができるかもしれません。早期発見、早期治療すれば根治できるのだということを証明したいのです。

―根治に向けた取り組みに注目したいです。

現在は創薬につなげることを目標に、ターゲット(標的)として適当な分子を選定する「ターゲットバリデーション」を進めているところです。特に、初期の肺腺がんをターゲットとした化学療法はこれまで開発されていないので、新たな試みとして取り組んでいます。また、抗がん剤ではない薬をドラッグリポジショニングで肺腺がんの治療に使うことを考えています。3、4年後をめどに患者さんを対象とした治験を行い、早期の実用化を目指したいです。私たちの仕事は地道な作業の積み重ねですが、日本でも年間何万人の死亡者がでる肺がん患者の命を救うことができる可能性があります。肺がんが根治できるよう、これからも頑張ります。

この研究に関するお問い合わせ:筑波大学

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