利用者インタビュー

無機層状結晶を剥離したナノシート

―取り組んでいる研究についてうかがえますか。

無機ナノシートと呼ばれる物質を研究の中心に据えて、そのコロイドの構造や物性などの基礎研究を進めるとともに、高分子や生体分子との複合化により、さまざまな機能を持つ複合材料を作り出す研究をしています。

―無機ナノシートとはどういったものなのでしょうか。

無機ナノシートは、無機層状結晶を単層剥離することで得られるシート状の物質のことで、二次元の無機高分子とも見なすことができます。例えば、マイカ(雲母)には0.1ミリの厚さの中に10万の層があります。1枚1枚、層をはがしていくと、横幅が数十ミクロン、厚さが1ナノメートルの無機ナノシートが10万枚できます。グラファイト(黒鉛)をはがして単一層としたものはグラフェンと呼ばれ、ノーベル物理学賞の受賞対象となって話題になりましたが、このグラフェンも無機ナノシートの一つです。

―どのように無機ナノシートを生成していくのでしょうか。

層状物質を剥離剤の溶液中で処理することなどで、高収率での剥離・分散技術を確立しています。さらに、溶媒に分散した無機ナノシートが特定の条件下で自発配向して「液晶相」を形成することがあり、これを「無機ナノシート液晶」と名付けています。

―無機物も液晶にできるのですね。

ご存じのように、結晶とは原子や分子などが規則正しく配列している固体のことです。液体には、通常、分子の配列に規則性がありません。そして、液晶はというと、液体の流動性と結晶の規則性とを併せ持ちます。液晶テレビなどの工業製品に使われている液晶物質は、ほぼ100%と言ってもいいほど、石油由来の有機物質です。鉱物などから生成した無機ナノシート物質が溶媒の中で分散している無機ナノシート液晶は、非常に珍しいタイプの液晶だと思います。

耐久性が高く、環境に優しい無機液晶

―無機液晶には、どのようなメリットがあるのでしょうか。

有機液晶は石油などが原料の化学製品ですが、無機液晶は極端に言えば土(鉱物)と水からできていて、無害であり、環境に優しいと言えます。さらに無機材料は一般に、有機材料に比べて耐久性が高く、導電性や磁性などの機能を付与しやすいという特徴もあります。コスト面でも優れているんですよ。

―それほどメリットがあるなら無機液晶に切り替えたらよいのではと思ってしまいます。

無機液晶の優位性を強調しましたが、すでに技術が成熟し製造プロセスが確立した有機液晶ディスプレイを無機液晶に置き換えるのは難しいでしょう。そこで、最近では無機ナノシートと有機物とを複合した「無機有機ナノ複合材料」の合成に力を注いでいます。

無機ナノシートには無駄な領域がない

―無機有機ナノ複合材料とはどういったものでしょうか。

身の回りにある製品では、タイヤが分かりやすいでしょう。タイヤでは、カーボンブラックという微粒子をゴムに混ぜることによって、ゴムの強度と耐久性を上げています。このようにお互いの良いところをかけ合わせて、機能性を高めたものが複合材料です。その機能性を最大限に発揮する上で、無機ナノシートは究極の複合化素材だと言えます。

―それはなぜなのですか。

球体の粒子を思い浮かべてください。表面部分は能力を発揮できますが、中心部分は無駄な領域です。それに対して無機ナノシートは、1ナノメートルの薄さのシートで無駄な領域がほとんどなく、「全部が表面」です。無機ナノシートの表面積は同じ重さのどんな材料よりも大きく、少ない添加量で、最大限の効果が得られる材料なのです。さらに、液晶状態のナノシートは、すべてが同一方向に配向し、また数百ナノメートル間隔で配列するなど、空間での分布状態が精密に制御されています。この構造を固定できれば、単に無秩序に混ぜ合わせただけでは実現できない、高い物性が期待できます。

配向による物性の違いをリサーチ

―ナノシートの優位性がよく分かりました。無機ナノシートの研究はどこまで進んでいるのでしょうか。

現在、無機ナノシート液晶の配向や集合構造を精密に制御し、そのまま複合化する技術を確立しつつあり、その技術を使って機能を持った複合素材を作り出そうとしています。例えば、気体の侵入を防ぐガスバリア膜をご存じでしょうか。水蒸気や酸素などのガスの侵入を遮断するための膜です。食品包装の分野などで用いられており、今後、高機能の電子デバイス部品での利用も増えていくと言われています。無機ナノシートを幾層にも重なるように配列して膜を形成すれば、無数の二次元の壁が気体の分子を遮り、高いバリア性が得られます。

―このような研究を進めていく中で、ナノテクノロジープラットフォームを利用していかがでしたか。

複合材料の研究では、材料の構造や物性をさまざまな側面から明らかにしていく必要があります。ナノテクノロジープラットフォームは、所属する大学が所有していない、構造解析や物性測定の装置を気軽に使うことができるので、とても助かっています。九州大学の透過型電子顕微鏡を使わせてもらいましたし、核磁気共鳴スペクトル測定装置では、サンプルを提出するだけで測定したデータが送られてきましたので研究が円滑に進みました。

―これからの目標があれば教えていただけますか。

ライフワークとして、ナノシート液晶の基礎的な側面をじっくり掘り下げていきたいと思っています。また、さまざまな機能を持つ機能材料を生み出していきたいと思っています。これまでの研究を発展させることで、軽くて丈夫で燃えない「ナノシート液晶複合プラスチック」や、光を効率よく通したり、遮断したりする「電気光学デバイス」などへの応用展開を検討中です。また、現在は、誘電エラストマー型発電素子や、ロボット関節などの駆動装置であるアクチュエーターなどに応用に向けた、柔らかな無機有機複合体についての研究も進めています。今後も化学の進歩に寄与し、少しでも社会に貢献できればと考えています。

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