利用報告書

高速電子線検出器のための発光素子の開発

課題番号 :S-20-KU-0029
利用形態 :機器利用
利用課題名(日本語) :高速電子線検出器のための発光素子の開発
Program Title (English) :Development of luminescent material for a fast electron beam detector
利用者名(日本語) :斉藤 光
Username (English) :Hikaru Saito
所属名(日本語) :1)九州大学先導物質化学研究所
Affiliation (English) :1)Institute for Materials Chemistry and Engineering, Kyushu University

1.概要(Summary)
物質の原子配列を直接可視化できる透過電子顕微鏡(以下電子顕微鏡)は、他の顕微鏡手法と比較して圧倒的な空間分解能を有する一方で時間分解能についてはまだまだ発展途上であり、一般に静的な構造解析や状態分析が主な役割と認識されている。現在市販されている電子顕微鏡用の電子線検出器として最も高速 で動作するものは走査透過電子顕微鏡(STEM)用の検出器であり、入射電子を光子に変換するシンチレーターと光子を検出する光電子増倍管(PMT)により構成される。PMT等の光子計数デバイスの優れた時間分解能(サブナノ秒)と処理速度(ギガヘルツ)を活かすには現在使用されているシンチレーター(短いものでも数ナノ秒の蛍光緩和時間)では不十分であり、より高速な電子線励起発光物質の探索と特性発現機構の解明が必要である。本研究では、CsPbBr3結晶を合成し、電子線によって励起されたエキシトン発光の寿命を計測したところ、サブナノ秒の異常な短寿命発光が見出された。この短寿命発光を利用した新規な電子線検出器が開発できることを見出した。
2.実験(Experimental)
【利用した主な装置】
表面・界面分子振動解析装置
【実験方法】
CsPbBr3結晶を液相合成し、加速電圧80 kVのSTEMを用いて電子線励起発光(カソードルミネセンス)の蛍光寿命をHanbury-Brown Twiss (HBT)干渉法により計測した。実験に用いた検出器と相関器の応答より推定された時間分解能は~0.5 nsである。また同一試料を対象にパルスレーザー(励起波長:400 nm、パルス幅:1 ps、励起パワー:~20µW)とストリークカメラを用いた時間分解フォトルミネセンスにより、蛍光寿命を計測して、電子線励起発光の結果と比較した。
3.結果と考察(Results and Discussion)
CsPbBr3 結晶を80 keVの電子線によって励起し、そのエキシトンの発光の二次の自己相関関数g(2)(τ)を Hanbury-Brown Twiss (HBT)干渉法によって測定したところ、0.6 nsという短い時定数 τCL を観測した。計測されたこの値はこの実験に使用した APD(アバランシェフォトダイオード)の時定数程度であり、この電子線励起発光の正味のτCLは0.1 ns以下であると期待される。すなわち、高効率のエキシトン発光を示すCsPbBr3を利用して、サブナノ秒の電子線検出器が開発できることを見出した。 一方、CsPbBr3の同一試料のエキシトン発光を時間分解フォトルミネセンスで観測すると、減衰速度の異なる複数の過程が混在し、2種類の減衰を仮定すれば時定数τPL1=5.4 nsの比較的速い緩和とτPL2=51 nsの遅い緩和から成ると解析された。これは既報の結果と同程度であった[1]。初期のエキシトン密度が比較的高い時間 帯で高速緩和(τPL1)が生じていることからエキシトン同士の相互作用(多体効果)が緩和に影響することが示唆されている。全く同じ試料であるにもかかわらず、電子線励起で観測されたτCLはτPL1と比較しても少なくとも一桁、場合によっては二桁以上短い可能性 があり、光励起と電子線励起とで大きく異なる現象が生じていることが見出された。
4.その他・特記事項(Others)
[1]Y. Rakita et al., Cryst. Growth Des. 16, 5717(2016).
5.論文・学会発表(Publication/Presentation)
なし。
6.関連特許(Patent)
なし。

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