利用報告書

NMR装置を用いた糖鎖および糖タンパク質の動的構造解析
矢木 宏和1), 佐藤 匡史1)
1) 名古屋市立大学大学院薬学研究科

課題番号                :S-20- MS-0009

利用形態                :協力研究

利用課題名(日本語)    :NMR装置を用いた糖鎖および糖タンパク質の動的構造解析

Program Title (English) :Structural analyses of glycans and glycoconjugates by use of NMR spectroscopy

利用者名(日本語)      :矢木 宏和1), 佐藤 匡史1)

Username (English)     :H. Yagi1), T. Satoh1)

所属名(日本語)        :1) 名古屋市立大学大学院薬学研究科

Affiliation (English)  :1) Nagoya City University

 

 

1.概要(Summary )

カイコは、抗体などの組換え糖タンパク質を大量生産するための有望な生産基材である。これまでに我々のグループでは、人工飼料で飼育したカイコの幼虫を用いて、NMR研究を行うための糖タンパク質を安定同位体標識する方法を開発してきた。本研究では、この手法をさらに発展させ、カイコのサナギを用いて安定同位体標識した糖タンパク質を発現させる技術を開発した。本技術は、生産量、取り扱い、保管のしやすさの点で、幼虫を用いた方法と比べて幾つかの利点がある。具体的には、この技術を用いて、幼虫から得られる収量の5倍に相当する組換えヒト免疫グロブリンG (IgG)を得ることが出来た。また調製した組換えIgGは、主に3種類のパウチ・マンノース型糖鎖を示し、13C濃縮率は約80%であった。これにより、IgGのメチオニンのメチル基に由来するNMRシグナルを選択的に観測することができ、IgGの構造的品質を確認することができた。以上の研究を通じて、カイコのサナギがアミノ酸選択的な同位体標識を施した組換え糖タンパク質の製造工場として有用であることを示すことができた。

 

2.実験(Experimental)

カイコのサナギ由来の[methyl-13C]methionineで標識されたヒトIgGをパパイン処理することにより得られたFab、FcをNMR測定に用いた。測定サンプルは5 mM sodium phosphate buffer [pH 6.0; containing 50 mM NaCl and 10% (v/v) D2O]に溶解し、それぞれ10 mg/mlに調製した。

NMR測定はBruker製Avance-800を用いて行った。

 

3.結果と考察(Results and Discussion)

バキュロウイルスを感染させたカイコは、抗体などの組換え糖タンパク質を生産するための有望なバイオリアクターである。我々は、15N標識した酵母の粗タンパク質抽出物を含む人工飼料で飼育したカイコの幼虫を用いて、糖タンパク質を同位体標識する方法を開発してきた。本研究では、この方法をさらに発展させ、カイコのサナギを用いて同位体標識糖タンパク質を発現させる技術を開発した。本技術は、生産量、取り扱い、保管の容易さなど、幼虫を用いた技術に比べていくつかの利点があると考えられる。

まず、[methyl-13C]methionineを含む最適な組成の人工飼料を5齢幼虫に与えてサナギ化させた。生後9日目のサナギに組換えBombyx mori nucleopolyhedrovirus (BmNPV) bacmidを注射し、組換えIgGを発現させた。サナギの全身ホモジネートからは、幼虫から得られるIgGの5倍にあたる0.35 mg/pupaのIgGを調製することに成功した。図1にカイコのサナギにおけるタンパク質発現の時系列と手順を示す。

 

 

 

 

 

このようにして調製したリコンビナントIgGは、主に3種類のパウチマンノース型オリゴ糖を示し、13C濃縮率は約80%であった。実際,本プロトコルでは,IgGのメチオニン残基のメチル基に由来するNMRシグナルを選択的に観測することができた(図2)。本組換えIgGは,Fab領域とFc領域にそれぞれ3つおよび2つのメチオニン残基を有しており、FabおよびFcフラグメントのスペクトルデータからもメチオニンの残基数を確認することができた(図2Bおよび2C)。さらには、両フラグメントスペクトルは、完全長のIgGスペクトルを再現するような相加性を示していた(図2A)。さらに、サナギで発現させたIgG-FcスペクトルとCHO細胞で生産したヒトIgG1-Fcのスペクトルが一致していることからも、サナギ由来のIgGのFc領域の構造的品質が確認された(図2Cおよび2D)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これにより、IgGのメチオニン残基のメチル基に由来するNMRシグナルを選択的に観測すること、さらには、本IgGの構造的品質を確認することができた。こうしたデータは、カイコのサナギが、アミノ酸選択的な同位体標識を施したリコンビナント糖タンパク質の製造工場として有用であることを示している。

 

4.その他・特記事項(Others)

本研究の成果は、加藤晃一博士(生命創成探究センター/分子科学研究所)の研究グループらとの共同研究により得られたものです。

 

5.論文・学会発表(Publication/Presentation)

(1) H.Yagi, S. Yanaka, R. Yogo, A. Ikeda, M. Onitsuka, T. Yamazaki, T. Kato, E.Y. Park, J. Yokoyama, K. Kato K.,Biomolecules,Vol.26 (2020)Article No.1482.

 

6.関連特許(Patent)

「なし」

 

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