科捜研には我々が所属する化学係のほかに、法医係、物理係、文書係、心理係などの部門が存在します。
化学係は化学に関する様々な鑑定(分析)とそれに関する研究を担当しています。
覚醒剤や麻薬等の乱用薬物をはじめとして、農薬やシアン化物のような毒劇物、さらには自動車塗料や繊維なども鑑定の対象になります。一番多いのは乱用薬物関係で、石川科捜研だけでも年間1000件以上の鑑定を行っています。
そうですね。危険ドラッグが蔓延したため、それを取り締まるために短期間で2000を越える物質が新たに指定薬物として法規制され、鑑定する側にとってはとてつもなく大変になりました。
指定薬物の中には、オルト体とパラ体だけ規制され、メタ体は規制されないというような構造の僅かな違いによって法規制の対象かどうかが分かれる物質も存在します。
したがって、薬物鑑定においては、あらゆる構造異性体を想定し、綿密に構造解析を行い、精確に化学構造を同定しなければなりません。
もちろん本務は押収した薬物や物品の鑑定になります。ですが、私たちはよりよい鑑定法の確立を目指してそれぞれがテーマを持ち、研究も並行して行っています。あまり一般的には知られていないと思いますが・・
科捜研では、基本的にクロマトグラフ質量分析法(GC-MSやLC-MS)によって薬物を同定しています。しかし、これだけ多種の指定薬物が存在するようになると、データベース等に登録されていない化合物も多く存在するようになってきました。NMRでも構造解析できますが、我々の取り扱う試料の性質上、薬物の含有量が極微量であったり、夾雑物が多量に含まれることが多いので、分析法としてあまり採用されていません。
科捜研は、一刻を争う事件捜査の一端を担っているため、‘迅速’かつ‘精確’な鑑定が求められます。現在、私は危険ドラッグ成分を質量分析により迅速かつ精確に特定できる分析法の開発を進めています。その中で今回、「有機合成」に関してナノプラットに支援していただきました。
石川科捜研には合成の専門家がいるわけではありません。有機合成を行うにはノウハウが必要ですし、危険も伴うため、なかなか我々の研究に取り入れることができませんでした。
ナノプラット(分子研)では、自身では合成できなかった化合物の合成経路や合成手法を教えていただきました。それにより、研究を加速させることができ、論文も出すことができました。我々のような少人数の研究所ではカバーできる研究分野に限界があるため、その部分をサポートしていただくことができ、本当に助かりました。
科捜研の人間は時には裁判に呼ばれ、自分の出した鑑定結果の正しさの証明を求められることがあります。その際には,分析法が妥当かどうか、導き出した結論が妥当かどうかの「根拠」を提示しなくてはいけません。その「根拠」の一つが第三者にレビューされた‘論文’なのです。独りよがりの分析法ではなく、きちんと科学的に認められた方法であることが重要なのです。
我々は、社会の変化に合わせて常に最善の鑑定を行う必要があり、一つの分析法を漫然と使い続けるわけにはいきません。そのためにも研究し、その成果を論文にすることが重要なのです。どんなに画期的な分析法を開発しても、それを最終的に論文としてまとめなければ、社会に生かされることはなく、もはや自己満足の研究となってしまいます。論文にすれば、その成果を他の研究者と共有できるという大きなメリットもあります。
我々の鑑定が、人の人生を大きく左右させます。間違った鑑定をすれば、人ひとりの人生を台無しにしてしまう可能性だってあります。このことを常に念頭において、これからも直向きかつ誠実に業務を全うしていかなくてはなりません。
また、県民の安心・安全のためはもちろんですが、やはり自分自身が研究を楽しいと思ってこの仕事を続けています。この秋からは大学に社会人入学することになりましたので、ナノプラや他の大学と連携、協力し、科捜研ならではの研究を続けていきたいです。